障害者雇用企業が新規事業に乗り出した。

ここでは、 障害者雇用企業が新規事業に乗り出した。 に関する情報を紹介しています。
障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
今年も「障害者の日」が無事終了した。
その1週間前から「障害者週間」が始まっていた。
この詳細は12/9のブログに詳しい。

この障害者週間を受けるように12月1日から
多数の障害者を雇用した企業の新規事業が動き出した。
ペットボトルの再生事業である。

これは回収されたペットボトルを
表面の印刷物を剥がし(この行程が最も大切である)
それを破砕機に通しチップ化し
そのチップを袋に収納し販売する。
再生されたチップが専門業者をとおし
化学メーカーに売却され
繊維や
ナイロン類(様々なもの)の素材になり
加工して新たな商品に転換していく。

ざっとこういう過程で
表面の印刷物を剥がし、破砕機でチップ化し
そのチップを販売する事業を行う会社である。

この会社のA社長は単に障害者を雇い
安い工賃で就労させようなどいう考えで
この事業を立ち上げたのではない。

この会社はもともと
産業廃棄物処理業者の免許のもと
全国的にも希少価値の
液体系の廃棄物処理を担当していた会社。
不幸にも2回の火災事故を起こし
営業免許を剥奪された。
その取り消しを求めいろいろ動かれたらしいが
再取得はすぐには叶わなかった。
その折り府に対して嘆願書などを含め
本当に真剣に考え活動してくれたのが
伏見区にある○○学園という通所授産施設だったらしい。
苦しい時期にいろんなところが離れていったなか
園長以下 存続に向けいろいろ動いてくれたと
しみじみ語られた。

この背景には次のような経緯がある。
今から15年以上前に
レントゲンフィルムの回収作業を
知的障害者分野に制度化した事業が起こった。
この企画者が実はA社長だった。
病院・医院などから保存期間の過ぎた
レントゲンフィルムを回収し廃棄する。
このフィルムには水銀が膜状に付着されているらしい。
そのまま処分することは出来ず
専門の業者が絡むことになる。
それも水銀を扱うことが得意な
この会社が担当しようと考えられたが
サイズ毎に分類する必要がある。
レントゲンフィルムは様々なサイズがあるらしい。
これを同サイズ毎に分類しておかないと
次行程が大変になるとのことで
そこで分類作業を授産施設の仕事にし
施設の安定収益の確保を目指す。
それは取りも直さず通所者の工賃の安定化を図り
自企業と通所施設の両方にメリットの出る
画期的な着眼であった。

当時の授産施設は何かの下請けや自主製品の販売程度で
下請け先の状況により安定した収益など
あまり考えることのできない時代。
「当時は継続的な仕事も少なく大変助かりました。
授産所の中でこれを担当する人数を考えたら
いかに施設にとって重要な作業かが判断できます」と
施設の長はおっしゃいます。
今も企業の面談スペースに○○学園からの
感謝状が誇らしく掲示されている。

こんな障害者や施設との長い繋がりが
会社の危機存亡のときに手助けしてくれた
と非常に喜んでおられる。
私たちの会社が立ち直ったときは
「この暖かい真心に報いよう」そう思いましたとA社長。

これが現実になりつつあります。
でも事業として実施するとなると
自分の夢だけで進むわけにはいかない。
社員とのコンセンサスも重要な要素となる。

社員が同意しても
本当に収益が上げられるのか?
次にこのハードルをクリアする必要がある。
ここでもA社長の人脈が発揮される。
ペットボトルの回収作業・チップ化は
単に集めて粉砕すれば良いというものではない。
回収は目標毎日4.5トン。
大型トラック満載のペットボトルを毎日である。
私のような畑違いの者が頑張っても
回収する方向が定まらない。
もうひとつ
チップ化は企業行為としてはどこでも出来そう。
ただ、ペットの純度の高いものとそうざらにはできない。
東京で凄い社会福祉法人がある。
彼はその施設の代表者に早くから教えを乞うていた。

2年程前、私はA社長と2人で
東名神を走り、先方に会いに行ってきた。
施設建物の立派さに感心すると共に
チップ化の過程やその前の過程をつぶさに見てきた。
そこでは知的障害者がいきいきと働いておられた。
2人とも凄いネ
早くこんな事業のスタートを切れれば素晴らしいネ
と語り合ったのをはっきり記憶している。

現在助成金の決定待ち。
従って粉砕機はまだ入っていない。
しかしペットボトルは毎日トラックで入る。
新規採用の障害者たちは
もくもくとラベル剥がし業務を行っている。
作業自体は順調に船出した。
問題はこれからである。
溜まりすぎて再度火災があれば大変と
チップ化の前に業者渡しも考えねばならないと思われている。

良いスタートがきれましたネと話したら
「私が考えていた以上に皆素直なんです。
僕はこういう仕事が好きですという子
朝遅刻もなく結構長い通勤を全員嫌がらず・・・・・
会社は皆でどっかへ行かないんですカ」
など今のところ前向きな声が多いのが嬉しいと云われる。
「間違ってなかった」といいたげです。

障害者雇用が難しいのはこれからです。
重度判定が若干名、軽度が7名
全体で9名の出社であったらしい。
採用数は10名だったが。
各人の状況が分かり合ってきたときが
彼らに何を提供できるか?
私たちの尺度で測りづらいときもでます。

A社長や社員が詰まってきたら
微力ながら私も含め
京都中小企業家同友会のメンバーが応援します。
また
結果的に社長の肩を押した福岡同友会・三光リフォーム
宮崎社長にもアドバイスを貰いましょうヨ。
こういう問題は
ひとりでくよくよしても問題解決にはなりません。
是非障害者仲間とともに楽しみ
良い成果をあげてください。
期待しています。

私のブログは原則講演会等以外は実名を出していません。
今回はA社長にはご了解を取り書きましたが
次回以降は実名で追っかけたいと思っています。

京都中小企業家同友会の社長さんたちは
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
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