障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
私は落語家では笑福亭仁鶴が一番好きである。
高校から大学時代 今から何年前になるのか?
当時はほとんど全員は深夜ラジオを聴いていた。
私はそれほど真剣でもなかったが深夜テレビなどまだない時代。
聴くともなく聞いていたのがABCヤングリクエスト・ヤンリク。
みんなは毎日放送ラジオ・ヤンタンだったと思うが・・・間違ってない?
その中で笑福亭仁鶴が「どんなんかなぁ〜」とか
奥さんを「隆子姫」と呼んでいた最初の全盛期。
その後は古典落語の継承者としての地位を築いていった。
対するのが桂三枝。
仁鶴はよく高座で10ほどの演目の紙を貼り
お客さんに選ばせその落語を演じていた。
そういう時 誰か「崇徳院」と云えと毎回思っていたが
自分から大声で叫ぶことは出来なかった。
昔はそういう性格の持ち主であった。
「崇徳院」(すとくいん)とは
恋患い。大店の若旦那が病気になり、上野の清水堂でお詣りを済ませ茶屋で休んでいると、お供を連れたお嬢さんに会った。水も垂れるようなお嬢さんは茶袱紗を落としたので渡してあげると、木の枝に結んであった短冊がひらひらと舞い落ちてきた。その短冊を渡してくれた。「瀬を早み岩にせかるる滝川の」と崇徳院作の上の句で、下の句は「われても末にあはむとぞ思ふ」という恋歌。末には夫婦になりましょうと言う謎掛けの短冊をもらい、以来何を見てもそのお嬢さんに見える。医者の見立てでは若旦那はあと5日の寿命だから、5日間の内に探し出してくれと頼まれる。めでたく探し出したら、三軒長屋をあげるから頼むと言われ、腰にワラジを沢山くくりつけられ帰ってくる。
翌日から捜し始めるが・・・・・・・・・・・・・・・そこは落語。
一度聞いてみてください。
元来はこれは上方の落語らしく
舞台は演者によって、大阪生玉明神、高倉稲荷又は京都の清水観音だったりするが、桂枝雀や笑福亭仁鶴は大阪高津神社を舞台にしている。東京落語では上野清水堂になっている。
私はこの話というよりは
この崇徳院の和歌に青春時代に特別の感情があった。
「瀬を早み 岩にせかるる 滝川の
われても末に あはむとぞ思ふ」
一旦別れてもまたきっと会えますネという恋の歌である。
これは聞いた中で笑福亭仁鶴の落語が一番入ってきた。
なぜこんな話題かと云うと
今日女房殿が息子と大阪に落語を聞きに云ったらしい。
毎朝の連ドラも手伝ってか今落語ブームらしい。
出演している桂吉弥によると
NHKさんに全国に向けCMを流してもらっているよう。
おまけに上方落語をただで宣伝までしてもらっている。
「ちりとてちん」もやりますと云えば
直ぐに満席になる・落語を見てもらう層が広がってきました。
私たちにとってもありがたいことです。
今は京都には落語を聞ける専門の場所がない。
四条大宮の旧大宮東映が閉館になりまだそのまま放置されている。
ここを落語の常設館にしようと市民が動いているとも聞く。
で わざわざ大阪まで行ったらしい。
そして昼は新世界まで足を伸ばし
串かつを食べてきたと喜んでいた。
「新世界のおかみさん」はと聞いたが
「そんなんわからへん 串かつ屋さんで並ばなあかんのに・・・」
「ブログ徒然なるままにの筆者の妻と子です」といえば
「山のような串かつを奢ってもらえたかも知れへんのに・・・」
「なに厚かましいことゆうてんの」
久しぶりの新世界も良かったようです。
今度は私も食べに行きたい。
そう云えば例のパソコン障害者も行きたいと云ってたよね。
昨秋の秋レクでは神戸方面に負けてしまったから・・・・・
本当は好きな落語の順番を書こうと思っていたが
どこかで方向が変わってしまった。
それはまた改めて・・・・・・・・・・・・
閉まりのない終わり方になってしまうが・・・
See you again (これもシマラナイネ)
塩谷さんは
今日はいきいきハウジングリフォームの現場訪問の日でした。
明日も元気です。
高校から大学時代 今から何年前になるのか?
当時はほとんど全員は深夜ラジオを聴いていた。
私はそれほど真剣でもなかったが深夜テレビなどまだない時代。
聴くともなく聞いていたのがABCヤングリクエスト・ヤンリク。
みんなは毎日放送ラジオ・ヤンタンだったと思うが・・・間違ってない?
その中で笑福亭仁鶴が「どんなんかなぁ〜」とか
奥さんを「隆子姫」と呼んでいた最初の全盛期。
その後は古典落語の継承者としての地位を築いていった。
対するのが桂三枝。
仁鶴はよく高座で10ほどの演目の紙を貼り
お客さんに選ばせその落語を演じていた。
そういう時 誰か「崇徳院」と云えと毎回思っていたが
自分から大声で叫ぶことは出来なかった。
昔はそういう性格の持ち主であった。
「崇徳院」(すとくいん)とは
恋患い。大店の若旦那が病気になり、上野の清水堂でお詣りを済ませ茶屋で休んでいると、お供を連れたお嬢さんに会った。水も垂れるようなお嬢さんは茶袱紗を落としたので渡してあげると、木の枝に結んであった短冊がひらひらと舞い落ちてきた。その短冊を渡してくれた。「瀬を早み岩にせかるる滝川の」と崇徳院作の上の句で、下の句は「われても末にあはむとぞ思ふ」という恋歌。末には夫婦になりましょうと言う謎掛けの短冊をもらい、以来何を見てもそのお嬢さんに見える。医者の見立てでは若旦那はあと5日の寿命だから、5日間の内に探し出してくれと頼まれる。めでたく探し出したら、三軒長屋をあげるから頼むと言われ、腰にワラジを沢山くくりつけられ帰ってくる。
翌日から捜し始めるが・・・・・・・・・・・・・・・そこは落語。
一度聞いてみてください。
元来はこれは上方の落語らしく
舞台は演者によって、大阪生玉明神、高倉稲荷又は京都の清水観音だったりするが、桂枝雀や笑福亭仁鶴は大阪高津神社を舞台にしている。東京落語では上野清水堂になっている。
私はこの話というよりは
この崇徳院の和歌に青春時代に特別の感情があった。
「瀬を早み 岩にせかるる 滝川の
われても末に あはむとぞ思ふ」
一旦別れてもまたきっと会えますネという恋の歌である。
これは聞いた中で笑福亭仁鶴の落語が一番入ってきた。
なぜこんな話題かと云うと
今日女房殿が息子と大阪に落語を聞きに云ったらしい。
毎朝の連ドラも手伝ってか今落語ブームらしい。
出演している桂吉弥によると
NHKさんに全国に向けCMを流してもらっているよう。
おまけに上方落語をただで宣伝までしてもらっている。
「ちりとてちん」もやりますと云えば
直ぐに満席になる・落語を見てもらう層が広がってきました。
私たちにとってもありがたいことです。
今は京都には落語を聞ける専門の場所がない。
四条大宮の旧大宮東映が閉館になりまだそのまま放置されている。
ここを落語の常設館にしようと市民が動いているとも聞く。
で わざわざ大阪まで行ったらしい。
そして昼は新世界まで足を伸ばし
串かつを食べてきたと喜んでいた。
「新世界のおかみさん」はと聞いたが
「そんなんわからへん 串かつ屋さんで並ばなあかんのに・・・」
「ブログ徒然なるままにの筆者の妻と子です」といえば
「山のような串かつを奢ってもらえたかも知れへんのに・・・」
「なに厚かましいことゆうてんの」
久しぶりの新世界も良かったようです。
今度は私も食べに行きたい。
そう云えば例のパソコン障害者も行きたいと云ってたよね。
昨秋の秋レクでは神戸方面に負けてしまったから・・・・・
本当は好きな落語の順番を書こうと思っていたが
どこかで方向が変わってしまった。
それはまた改めて・・・・・・・・・・・・
閉まりのない終わり方になってしまうが・・・
See you again (これもシマラナイネ)
塩谷さんは
今日はいきいきハウジングリフォームの現場訪問の日でした。
明日も元気です。


