障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
前回は事務所の10台ニュースというより
それらに引っかけた私個人の思いを述べたので
今日は私個人として今年感じたわが家も含めたニュース?
今日も脱線脱線でちょっと長いので
その気があれば必要そうな項目のみ呼んでみてください。
私自身も表面上はさほど大きな問題もなかったようであり
見方によっては平々凡々な1年ではなかったか。
今日も大小の順位は付けたくないし・また付けられない
項目については○印で・また10項目もない。
◎ 嫁さんがヘルパー
私自身は平成13年にヘルパー資格を取ったが
使うつもりなど全くなかった。
仕事上「ヘルパー資格など当然持っていますヨ」と云う意味合いであった。
実際に使い出したのは平成17年から・・・
介護保険分野と障害者分野に入って3年が経過する。
ヘルパー資格はいろんな原因で取る。
嫁さんがヘルパー資格を取ったのは必然的。
私とは全く関係がない。
たまたま手伝っていた事務所が障害者の居宅支援の事業所になり
ヘルパーが全く足りず見かねたのと要請があったため取った。
当社のレクなどで多くのヘルパーが必要なときには
かなり前からお願いして登録ヘルパーの形で私の事務所に来ることもある。
過去に数度。
その後 難しいかなと思っていたが
それなりに対応しておりやはり経験がヘルパーらしくさせていくことを
彼女を通して教えてもらった。
でもまだ浅い知識で・訳の分らないことで
私を批判するのは止めて・・・・・
当社もヘルパーが不足していることをよく知っているはずであり
出きれば日常活動も応援して欲しい。
◎ 実家のおふくろもまだまだ元気
おふくろもまだまだ元気?
足腰まで元気かどうかは別としてわが家系はボケない?
一番危ないのは私か?
おふくろも大正生まれであり既にディサービスセンターなどでも
昭和生まれのほうが人数的に多くなっているが
そういう先にも行くことなくそれなりに元気である。
以前介護保険制度上でいろんな過程も見てきたが
いろんなご家族がおられた。
いちいち話し出したらきりがないが
正直かわいそうな高齢者も少なくなかった。
表面的にしか見てないので内情は不明だが
私だったらゼッタイありえなと思うことも現実にはある。
と言いつつ
私も日々の世話は皆無。
全て姉夫婦に頼っている。
年齢的な衰えはしょうがないが頭はすっきりしており
まだ数年はこのままいけそう。
コケて入院などしなければ・・・・・
来年も元気でいて欲しい。
○ 子供たちは各々の生活をエンジョイ
3人いる子供のうち上の2人は適齢期なのに何を考えいるのか?
今は晩婚。だから子供の数が少ないのか?
子供を多く産まないから晩婚になるのか?
はたまた多く産めない社会のシステムに変わってきたのか?
おそらく社会システムが少子化を助長し
ますますそういう傾向を顕著にしているのでしょう。
小さな単位で生活するようになりマンションが大はやり。
でもここでは3人以上の子供は基本的には難しいだろう。
余裕のない部屋では適齢期になったら
また別で同じような生活をする。
そこには共働きでないと生活できない所得環境があり
従来のように主人が大黒柱とは云えなくなっている。
そうなると益々こどもを産み育てる環境ではなくなってくる。
1.家が小さくなりこどもを育てるベースが非常に厳しくなった。
2.共働きをせざるを得ない所得環境になってきている。
3.そこには日々安心して任し金もかからない親がいない。
4.少子化になるとますます1人にかかる金が必要になる。
というようなこともあり
わが家も晩婚候補生か。1〜4まで全てに当てはまっている。
そのかわり自分たちの生活は十分にエンジョイしている。
仕事も私が思う以上にやっているようだ。
そして次女はいつのまにか東京に行って正月を迎えるらしい。
長女は日々勤務地でひとり羽を伸ばしているだろう。
そして長男は来年の夏から交換留学生で
アメリカの田舎の大学で映像の勉強をするらしい。
女房殿曰く「年度のスタート時期が違うので
半年長く日本の大学に授業料を納めんといかんらしいネン」
「でも半年間はアメリカでの食事・寝泊りはロハやろ」と私。
まあみんな警察のお世話にもならず
思い思いに育ってくれたものだ。
○ 障害者分野の研修・また少し広がりができた
中小企業家同友会の障害者問題委員会の研修は
今年通年をかけて精神障害者に関することを学習してきた。
今まででこういう研修は初めてであり統合失調症の
医学的見地から専門医の岡本先生を招き
その後は精神障害者の作業所に長年携わっている林さんに
この一年講師としてお世話になりいろんなことを教えていただいた。
私たちの事業所は身体障害者からスタートし
その後知的障害者にも広がり障害者自立支援法成立とともに
3障害を一括りになったが当事務所でも精神障害者分野は
経験もなくケア対象から今も外している。
でも今回こういう学習の機会がありまたそれらの方々とも接して
次年度は当社も精神障害者の除外項目を外そうと思う。
それが障害者自立支援法の目指す精神だから・・・・・
私たちは行政に対する不満をこのブログでもよく書いてきた。
しかし法の根本精神はそれなりに理解できる。
それを早急にしすぎる・気が熟すまでにやろうとして
しなくてもいいトラブルも起こる。
とにかく役人のやり方が下手なのである。
国の役人も地方の役人も基本的な思考回路は同じということか。
○ 宮崎県に障害者問題の全国研修会議で行ってきた
同じく中小企業家同友会の障害者問題委員会の
全国研修が今秋宮崎であった。
行くにあたって「マンゴーを買ってきて」という依頼が多くあった。
あの東国原知事の宣伝のおかげと
収穫時期との兼ね合いもありマンゴーの果実なんてどこを探してもない。
2日間探し回った?(うそですよ)
たまたま空港にマンゴージュースがあり高いのに2本も持って帰った。
正直これってあまり美味しくない。
牛乳パックに入ったスーパーで売っている
フルーツオーレのほうが数倍良い味。
ひょっとしたら貧乏人はマンゴーの本当の味を知らない?
障害者雇用をされている企業の社長の採用までの
取り組みなどを詳しく伺った。
どこの中小企業も余剰人員など抱えられないが
障害者は企業のなかでしっかりと自分の仕事をしている。
そういう経営者の心の変遷も私には大いに参考になった。
わが社にも障害者社員が数名働いている。
障害があろうとなかろうとできることをきっちりする
この姿勢を経営者は根気良く見守っていく必要があるということを学んだ。
また宮崎なんて20数年ぶり。
まだ行ったことのない九州は鹿児島県だけになった。
私たちの仕事で遠くの県に出かけることなどほとんどない。
利用者がいるため開けられないのが通常。
シフト表には「塩谷 出張」の文字があったが
出張費もなにもでない出ないのは中小零細のこの業界では当たり前。
賃金規定にも出張についての項目などもちろんない。
でも「出張」しても刺激を受けることは次の業務に結びつくのだ。
◎ ブログが継続中
今月の途中で14500人にアクセスいただいた。
決して大きな数字はない。
有名ブロガーからみれば足元にも及ばない数字だろう。
でも障害者分野に特化したブログでは善戦していると
勝手に自負しいるのだが・・・・・当たってませんか?
今回で2回目の正月を迎える。
これらについては明日の大晦日で記そう。
高校時代日記をつけていたが2〜3ヶ月続いたが頓挫した。
今回は16ヶ月続いているしこれは通過点。
ただ これだけ続くと全ての引き出しから
ほとんど吐き出してしまった。
これが私の一番頭が痛い点。
ただ「読んでるで! この前の○○○はおもろなかった!!
落ちもなんもあらへんかった!!!」と友人ならではのコメント。
「障害者のことちょっとは分かるわ」
これでいいと思っています。
これからも自分の思う障害者との接し方なども書きつづりたい。
まだまだ中途半端なものもありますが
止めにします。
塩谷さんは
今日も無事仕事を終えました。
明日の大晦日は久しぶりにわが家で家事援助をやります。
それらに引っかけた私個人の思いを述べたので
今日は私個人として今年感じたわが家も含めたニュース?
今日も脱線脱線でちょっと長いので
その気があれば必要そうな項目のみ呼んでみてください。
私自身も表面上はさほど大きな問題もなかったようであり
見方によっては平々凡々な1年ではなかったか。
今日も大小の順位は付けたくないし・また付けられない
項目については○印で・また10項目もない。
◎ 嫁さんがヘルパー
私自身は平成13年にヘルパー資格を取ったが
使うつもりなど全くなかった。
仕事上「ヘルパー資格など当然持っていますヨ」と云う意味合いであった。
実際に使い出したのは平成17年から・・・
介護保険分野と障害者分野に入って3年が経過する。
ヘルパー資格はいろんな原因で取る。
嫁さんがヘルパー資格を取ったのは必然的。
私とは全く関係がない。
たまたま手伝っていた事務所が障害者の居宅支援の事業所になり
ヘルパーが全く足りず見かねたのと要請があったため取った。
当社のレクなどで多くのヘルパーが必要なときには
かなり前からお願いして登録ヘルパーの形で私の事務所に来ることもある。
過去に数度。
その後 難しいかなと思っていたが
それなりに対応しておりやはり経験がヘルパーらしくさせていくことを
彼女を通して教えてもらった。
でもまだ浅い知識で・訳の分らないことで
私を批判するのは止めて・・・・・
当社もヘルパーが不足していることをよく知っているはずであり
出きれば日常活動も応援して欲しい。
◎ 実家のおふくろもまだまだ元気
おふくろもまだまだ元気?
足腰まで元気かどうかは別としてわが家系はボケない?
一番危ないのは私か?
おふくろも大正生まれであり既にディサービスセンターなどでも
昭和生まれのほうが人数的に多くなっているが
そういう先にも行くことなくそれなりに元気である。
以前介護保険制度上でいろんな過程も見てきたが
いろんなご家族がおられた。
いちいち話し出したらきりがないが
正直かわいそうな高齢者も少なくなかった。
表面的にしか見てないので内情は不明だが
私だったらゼッタイありえなと思うことも現実にはある。
と言いつつ
私も日々の世話は皆無。
全て姉夫婦に頼っている。
年齢的な衰えはしょうがないが頭はすっきりしており
まだ数年はこのままいけそう。
コケて入院などしなければ・・・・・
来年も元気でいて欲しい。
○ 子供たちは各々の生活をエンジョイ
3人いる子供のうち上の2人は適齢期なのに何を考えいるのか?
今は晩婚。だから子供の数が少ないのか?
子供を多く産まないから晩婚になるのか?
はたまた多く産めない社会のシステムに変わってきたのか?
おそらく社会システムが少子化を助長し
ますますそういう傾向を顕著にしているのでしょう。
小さな単位で生活するようになりマンションが大はやり。
でもここでは3人以上の子供は基本的には難しいだろう。
余裕のない部屋では適齢期になったら
また別で同じような生活をする。
そこには共働きでないと生活できない所得環境があり
従来のように主人が大黒柱とは云えなくなっている。
そうなると益々こどもを産み育てる環境ではなくなってくる。
1.家が小さくなりこどもを育てるベースが非常に厳しくなった。
2.共働きをせざるを得ない所得環境になってきている。
3.そこには日々安心して任し金もかからない親がいない。
4.少子化になるとますます1人にかかる金が必要になる。
というようなこともあり
わが家も晩婚候補生か。1〜4まで全てに当てはまっている。
そのかわり自分たちの生活は十分にエンジョイしている。
仕事も私が思う以上にやっているようだ。
そして次女はいつのまにか東京に行って正月を迎えるらしい。
長女は日々勤務地でひとり羽を伸ばしているだろう。
そして長男は来年の夏から交換留学生で
アメリカの田舎の大学で映像の勉強をするらしい。
女房殿曰く「年度のスタート時期が違うので
半年長く日本の大学に授業料を納めんといかんらしいネン」
「でも半年間はアメリカでの食事・寝泊りはロハやろ」と私。
まあみんな警察のお世話にもならず
思い思いに育ってくれたものだ。
○ 障害者分野の研修・また少し広がりができた
中小企業家同友会の障害者問題委員会の研修は
今年通年をかけて精神障害者に関することを学習してきた。
今まででこういう研修は初めてであり統合失調症の
医学的見地から専門医の岡本先生を招き
その後は精神障害者の作業所に長年携わっている林さんに
この一年講師としてお世話になりいろんなことを教えていただいた。
私たちの事業所は身体障害者からスタートし
その後知的障害者にも広がり障害者自立支援法成立とともに
3障害を一括りになったが当事務所でも精神障害者分野は
経験もなくケア対象から今も外している。
でも今回こういう学習の機会がありまたそれらの方々とも接して
次年度は当社も精神障害者の除外項目を外そうと思う。
それが障害者自立支援法の目指す精神だから・・・・・
私たちは行政に対する不満をこのブログでもよく書いてきた。
しかし法の根本精神はそれなりに理解できる。
それを早急にしすぎる・気が熟すまでにやろうとして
しなくてもいいトラブルも起こる。
とにかく役人のやり方が下手なのである。
国の役人も地方の役人も基本的な思考回路は同じということか。
○ 宮崎県に障害者問題の全国研修会議で行ってきた
同じく中小企業家同友会の障害者問題委員会の
全国研修が今秋宮崎であった。
行くにあたって「マンゴーを買ってきて」という依頼が多くあった。
あの東国原知事の宣伝のおかげと
収穫時期との兼ね合いもありマンゴーの果実なんてどこを探してもない。
2日間探し回った?(うそですよ)
たまたま空港にマンゴージュースがあり高いのに2本も持って帰った。
正直これってあまり美味しくない。
牛乳パックに入ったスーパーで売っている
フルーツオーレのほうが数倍良い味。
ひょっとしたら貧乏人はマンゴーの本当の味を知らない?
障害者雇用をされている企業の社長の採用までの
取り組みなどを詳しく伺った。
どこの中小企業も余剰人員など抱えられないが
障害者は企業のなかでしっかりと自分の仕事をしている。
そういう経営者の心の変遷も私には大いに参考になった。
わが社にも障害者社員が数名働いている。
障害があろうとなかろうとできることをきっちりする
この姿勢を経営者は根気良く見守っていく必要があるということを学んだ。
また宮崎なんて20数年ぶり。
まだ行ったことのない九州は鹿児島県だけになった。
私たちの仕事で遠くの県に出かけることなどほとんどない。
利用者がいるため開けられないのが通常。
シフト表には「塩谷 出張」の文字があったが
出張費もなにもでない出ないのは中小零細のこの業界では当たり前。
賃金規定にも出張についての項目などもちろんない。
でも「出張」しても刺激を受けることは次の業務に結びつくのだ。
◎ ブログが継続中
今月の途中で14500人にアクセスいただいた。
決して大きな数字はない。
有名ブロガーからみれば足元にも及ばない数字だろう。
でも障害者分野に特化したブログでは善戦していると
勝手に自負しいるのだが・・・・・当たってませんか?
今回で2回目の正月を迎える。
これらについては明日の大晦日で記そう。
高校時代日記をつけていたが2〜3ヶ月続いたが頓挫した。
今回は16ヶ月続いているしこれは通過点。
ただ これだけ続くと全ての引き出しから
ほとんど吐き出してしまった。
これが私の一番頭が痛い点。
ただ「読んでるで! この前の○○○はおもろなかった!!
落ちもなんもあらへんかった!!!」と友人ならではのコメント。
「障害者のことちょっとは分かるわ」
これでいいと思っています。
これからも自分の思う障害者との接し方なども書きつづりたい。
まだまだ中途半端なものもありますが
止めにします。
塩谷さんは
今日も無事仕事を終えました。
明日の大晦日は久しぶりにわが家で家事援助をやります。


