障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
塩谷さん 大変・大変です
「安倍さんが総理を辞めました」と例の障害者社員。
ネットでいろんな情報もチェックしている。
「今日のブログネタできましたネ。」
私も仕事上京都府の自民党中枢も含めていろんなところと取引があり
以前のように味噌くそに書くのなら仕事はネェと云われたら
多くの社員を露頭に迷わすことにもなりかねないので
それほど一生懸命にこき下ろすことは控えようと思うこのごろです。
でもなぜ今なんですかネ?
報道ではだいぶ以前から辞意をほのめかしていたとのこと。
健康上の理由だという。
ならばなぜ内閣改造を自分がするのか?
国会で所信表明演説までするのか?
ボンボンには分からない奥の手が蠢いているのかと勘ぐりたくなる。
麻生太郎などは負けゲームにもかかわらず
あなたは辞める必要はない。
「自分の信念でやり遂げてください。私が支えます。」などと
2階に上げておき
計算し尽くした上ではしごを外したのだろうか?
「のぅ 麻生屋 おぬしも悪じゃのおぅ〜」
「いやいや 手前どもはあなた様ほどでは御座いません。」と麻生屋。
「これをしばらく十分にお使いください。」となにやら白木の箱。
「何じゃこれは? わしを買収しようと云うのか。」
「いえいえ 単なるお饅頭で御座います。金色のお饅頭で御座います。」
――ウハァ・ウハァ・ワ・ハ・ハ・ハ・ハ――
こんな会話をしているお代官様は誰なんでしょう。
当然仕掛け人はいるのですよネ。
今日はこんなことを書くつもりはなかった。
帰ってサッカーか阿久悠を見ようと早くから決めていた。
バレーボールはアイドルに媚びすぎてもはや興味なし。
やっぱりオリンピック予選やろと思いつつ阿久悠を観てしまった。
彼が作った歌はまさに私の青春時代・・・
1971年尾崎紀世彦「また逢う日まで」、1976年都はるみ「北の宿から」、
1977年沢田研二「勝手にしやがれ」、1978年ピンクレディー「UFO」、
1980年八代亜紀「雨の慕情」などは日本レコード大賞もとった。
「5番外のマリー」や「ジョニィへの伝言」の昔のビデオを見れば
高橋真梨子のストレートヘアーに憧れたころを思い出す。
「舟歌」は飲み屋でよく歌っていたし
「勝手にしやがれ」もたまには謳っていたものだ。
でもカラオケで一番歌っていたのは「津軽海峡冬景色」かナ。
今日の番組で初めて知ったのは「居酒屋」も作っていたのだ。
この曲も会社の後輩と飲み屋で歌っていた。
阿久悠の歌詞は私たちの世代にはやはりしみるものがある。
歌もそうだが私たちの世代に強烈に残っているのは審査員なんかの姿。
特に「スター誕生」いつも2・3番目に話していたかな。
森昌子・桜田淳子・山口百恵を始め
岩崎宏美・小泉今日子・中森明菜ら数多くのスターを世に送り出した。
しかし彼が書いた小説はほとんど知らない。
塩谷さんは
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
「安倍さんが総理を辞めました」と例の障害者社員。
ネットでいろんな情報もチェックしている。
「今日のブログネタできましたネ。」
私も仕事上京都府の自民党中枢も含めていろんなところと取引があり
以前のように味噌くそに書くのなら仕事はネェと云われたら
多くの社員を露頭に迷わすことにもなりかねないので
それほど一生懸命にこき下ろすことは控えようと思うこのごろです。
でもなぜ今なんですかネ?
報道ではだいぶ以前から辞意をほのめかしていたとのこと。
健康上の理由だという。
ならばなぜ内閣改造を自分がするのか?
国会で所信表明演説までするのか?
ボンボンには分からない奥の手が蠢いているのかと勘ぐりたくなる。
麻生太郎などは負けゲームにもかかわらず
あなたは辞める必要はない。
「自分の信念でやり遂げてください。私が支えます。」などと
2階に上げておき
計算し尽くした上ではしごを外したのだろうか?
「のぅ 麻生屋 おぬしも悪じゃのおぅ〜」
「いやいや 手前どもはあなた様ほどでは御座いません。」と麻生屋。
「これをしばらく十分にお使いください。」となにやら白木の箱。
「何じゃこれは? わしを買収しようと云うのか。」
「いえいえ 単なるお饅頭で御座います。金色のお饅頭で御座います。」
――ウハァ・ウハァ・ワ・ハ・ハ・ハ・ハ――
こんな会話をしているお代官様は誰なんでしょう。
当然仕掛け人はいるのですよネ。
今日はこんなことを書くつもりはなかった。
帰ってサッカーか阿久悠を見ようと早くから決めていた。
バレーボールはアイドルに媚びすぎてもはや興味なし。
やっぱりオリンピック予選やろと思いつつ阿久悠を観てしまった。
彼が作った歌はまさに私の青春時代・・・
1971年尾崎紀世彦「また逢う日まで」、1976年都はるみ「北の宿から」、
1977年沢田研二「勝手にしやがれ」、1978年ピンクレディー「UFO」、
1980年八代亜紀「雨の慕情」などは日本レコード大賞もとった。
「5番外のマリー」や「ジョニィへの伝言」の昔のビデオを見れば
高橋真梨子のストレートヘアーに憧れたころを思い出す。
「舟歌」は飲み屋でよく歌っていたし
「勝手にしやがれ」もたまには謳っていたものだ。
でもカラオケで一番歌っていたのは「津軽海峡冬景色」かナ。
今日の番組で初めて知ったのは「居酒屋」も作っていたのだ。
この曲も会社の後輩と飲み屋で歌っていた。
阿久悠の歌詞は私たちの世代にはやはりしみるものがある。
歌もそうだが私たちの世代に強烈に残っているのは審査員なんかの姿。
特に「スター誕生」いつも2・3番目に話していたかな。
森昌子・桜田淳子・山口百恵を始め
岩崎宏美・小泉今日子・中森明菜ら数多くのスターを世に送り出した。
しかし彼が書いた小説はほとんど知らない。
塩谷さんは
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
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