障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
衆院と参院のねじれ国会が月末から始まる。
激論が闘わされるかどうかはまだよく分からないと云えるような気がする。
なぜって?
各種の番組で自民VS民主の議員がバトルを闘わせているが
自民党の言い分は「責任のないものは何でも云える」とこればっかり。
民主党は逆にこれらを煽っていると私には見えるのですが・・・
昔は全てにおいて自民党が1枚も2枚も上手だった。
私の子供時代自民党VS社会党の時代
いかにも対立しているように見えるが
決して自民党は政権を渡すなどとは考えたこともなかっただろう。
それが55年体制。
ウィキペディア(Wikipedia)』によると
太平洋戦争後無産政党(日本社会党や日本共産党等)が
合法化される一方で同時に保守政党が乱立する事態が発生した。
1951年に日本社会党が対日講和条約と日米安全保障条約(安保)に対する
態度の違いから右派・左派に分裂していたが
保守政権による「逆コース」や改憲に対抗するために
『護憲と反安保』を掲げ1955年に右派・左派は再統一し
日本社会党は政党として日本最大の規模となった。
この日本社会党の統一に危機感を覚えた財界からの要請で
当時あった日本民主党と自由党が統一し
自由民主党が結党した(保守合同)。
そしてここに「改憲・保守・安保護持」を掲げる自由民主党と
「護憲・革新・反安保」を掲げる日本社会党の二大政党制
55年体制が誕生したのだ。
問題はそこからだ。
自由民主党は押し付け憲法論を主張「自主憲法制定」を党是に定めた。
1958年の第28回総選挙では真っ向から争った。
投票率率76.99%は男女普通選挙になってからでは最高の記録であり
二大政党制への国民の関心の高まりを示したものといえた。
その結果定数467で自由民主党287議席(他、追加公認11)
日本社会党166議席(他、追加公認1)もあげたが
二大政党制といっても選挙と国会での比率では
自由民主党と日本社会党の勢力比率は2:1であった。
そのため、「一と二分の一政党制」とも呼ばれる。
「保守」と「革新」が2:1の比であったのだ。
55年体制は日本社会党が政権を取れない一方
保守政党は憲法改正のための三分の二以上の議席は確保できなかったことから
政権交代と憲法改正のない体制と云われた所以である。
なんとも絶妙のバランスが50年以上も続いてきたことになる。
こんな昭和史のお勉強をしてもしょうがないが
私の青春時代の政治地図が正にこれ。
二大政党制といっても決して政権交代のない与党と野党の出来レース。
社会党の爆弾男などは大きな花火をあげ
社会にその都度問題提起などをするが
決して自分たちが政権など取れるとも思っていなかった時代が続いた。
でも今回は違いますネ。
だから自民党も真剣には言い合いをしようとはしない。
争ってぼろぼと問題が出てきたら今度こそ政権交代に繋がると
お歴々は恐れているのでしょう。
その結果ますます民主党の方に部があるように映る。
「民主党のマニフェストは政権党でないから何でも自由に書ける」
最近の自民党はこればっかり。
だったら自民党はこれについてはどういう数字目標を持っているのとの問いに
「私たちはできもしないことは云いません」と数字を出さない。
それでは国民は判断できないだろう。
これでは民主党の作戦勝ち。
地方格差問題を武器に地方の1人区をほぼ独占した力を侮ってはいけない。
おごる自民党はもはやダメな時代となりつつあるのかナ。
負けるだろうが総選挙に追い込まれるで〜
現総理にはそれまで政権を維持していて欲しいと願われている。
今の自民党はそんな体たらくにしか見えない。
380名余りの国会議員がいても昔のような人材はいないようですネ。
塩谷さんは
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
激論が闘わされるかどうかはまだよく分からないと云えるような気がする。
なぜって?
各種の番組で自民VS民主の議員がバトルを闘わせているが
自民党の言い分は「責任のないものは何でも云える」とこればっかり。
民主党は逆にこれらを煽っていると私には見えるのですが・・・
昔は全てにおいて自民党が1枚も2枚も上手だった。
私の子供時代自民党VS社会党の時代
いかにも対立しているように見えるが
決して自民党は政権を渡すなどとは考えたこともなかっただろう。
それが55年体制。
ウィキペディア(Wikipedia)』によると
太平洋戦争後無産政党(日本社会党や日本共産党等)が
合法化される一方で同時に保守政党が乱立する事態が発生した。
1951年に日本社会党が対日講和条約と日米安全保障条約(安保)に対する
態度の違いから右派・左派に分裂していたが
保守政権による「逆コース」や改憲に対抗するために
『護憲と反安保』を掲げ1955年に右派・左派は再統一し
日本社会党は政党として日本最大の規模となった。
この日本社会党の統一に危機感を覚えた財界からの要請で
当時あった日本民主党と自由党が統一し
自由民主党が結党した(保守合同)。
そしてここに「改憲・保守・安保護持」を掲げる自由民主党と
「護憲・革新・反安保」を掲げる日本社会党の二大政党制
55年体制が誕生したのだ。
問題はそこからだ。
自由民主党は押し付け憲法論を主張「自主憲法制定」を党是に定めた。
1958年の第28回総選挙では真っ向から争った。
投票率率76.99%は男女普通選挙になってからでは最高の記録であり
二大政党制への国民の関心の高まりを示したものといえた。
その結果定数467で自由民主党287議席(他、追加公認11)
日本社会党166議席(他、追加公認1)もあげたが
二大政党制といっても選挙と国会での比率では
自由民主党と日本社会党の勢力比率は2:1であった。
そのため、「一と二分の一政党制」とも呼ばれる。
「保守」と「革新」が2:1の比であったのだ。
55年体制は日本社会党が政権を取れない一方
保守政党は憲法改正のための三分の二以上の議席は確保できなかったことから
政権交代と憲法改正のない体制と云われた所以である。
なんとも絶妙のバランスが50年以上も続いてきたことになる。
こんな昭和史のお勉強をしてもしょうがないが
私の青春時代の政治地図が正にこれ。
二大政党制といっても決して政権交代のない与党と野党の出来レース。
社会党の爆弾男などは大きな花火をあげ
社会にその都度問題提起などをするが
決して自分たちが政権など取れるとも思っていなかった時代が続いた。
でも今回は違いますネ。
だから自民党も真剣には言い合いをしようとはしない。
争ってぼろぼと問題が出てきたら今度こそ政権交代に繋がると
お歴々は恐れているのでしょう。
その結果ますます民主党の方に部があるように映る。
「民主党のマニフェストは政権党でないから何でも自由に書ける」
最近の自民党はこればっかり。
だったら自民党はこれについてはどういう数字目標を持っているのとの問いに
「私たちはできもしないことは云いません」と数字を出さない。
それでは国民は判断できないだろう。
これでは民主党の作戦勝ち。
地方格差問題を武器に地方の1人区をほぼ独占した力を侮ってはいけない。
おごる自民党はもはやダメな時代となりつつあるのかナ。
負けるだろうが総選挙に追い込まれるで〜
現総理にはそれまで政権を維持していて欲しいと願われている。
今の自民党はそんな体たらくにしか見えない。
380名余りの国会議員がいても昔のような人材はいないようですネ。
塩谷さんは
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
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