障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
今日8月16日は夏の夜空を彩る大文字の五山の送り火。
午前中はしっかり覚えていたが
夜送り火があることをすっかり忘れていた。
理由は一泊旅行のヘルパーと利用者の部屋の組み合わせ・
配車の段取り・旅行に行かない利用者のケアの段取り・その他
厳しい予算をどうしていこうかなど・・・・
他のヘルパーが帰って来ないネと話し合っていたら
「塩谷さ〜ん 大文字綺麗やったし・・・・」
「○○ちゃんをお母さんがおんぶして私が後ろから支えて
物干し台から見えたんヨ!」
身振り手振りで様子を伝える。
「あぁ〜 そうそう 左大文字・船形・鳥居まで見えたんヨ」
「こんな流れ星まで見たけど見とれていてお祈りも忘れたし・・・」
ここでもまた身振り手振りで・・・
そうなんです。今日は五山の送り火だったんだ。
送り火は盆の行事であり
京都以外の人は普通に「大文字焼き」とよく云うが
京都人は間違っても「大文字焼き」などとは云わない。
「送り火」或いは「大文字の送り火」「五山の送り火」と呼ぶ。
そして「大文字焼き」と言った人を軽蔑の眼で見て
「大文字焼き?聞いたことあらへんし!何処のお饅頭やろ・・・」などと
完全に馬鹿にしたらしい。
いかにも往時の「いけずな」京都人の特長を云いあらしているよう。
祇園祭とともに京都の夏を代表する風物詩の一つである。
この送り火としては東山如意ケ嶽の「大文字」が最も有名だが
そのほかに金閣寺大北山(大文字山)の「左大文字」
松ヶ崎西山(万灯籠山)・東山(大黒天山)の「妙法」
西賀茂船山の「船形」
嵯峨曼荼羅山の「鳥居形」がありこれを大文字五山送り火とよんでいる。
精霊送りの意味を持つ盆の行事で
京都三大祭:葵祭・祇園祭・時代祭に五山送り火を加え
京都四大行事と呼ばれる。
江戸時代後期には「い」(市原野)
「一」(鳴滝)
「竹の先に鈴」(西山)
「蛇」(北嵯峨)
「長刀」(観音寺村)などの字形もあったが途絶えたといわれている。
送り火の始まりは
そんなに古いものではないようです。
仏教が町衆に浸透し始めた頃・・・と考えられ
おそらく古く見ても室町時代以降
新しく見積もれば江戸時代と云えるようです。
「送り火」というのは仏教儀式なのですが寺院の行事では無く
あくまでも精霊を送る火・・・言い換えれば
お迎えをする「迎え火」に対する「送り火」で
現在は各保存会の所在地にある有名寺院
金閣寺や銀閣寺などの協力を得て運営されているので
基本的には町衆文化であってそこには各宗派別・・・などは存在しない。
去年は女房殿と本当に久しぶりに大文字を車中から観た。
携帯で写して長女に送った。
その長女は今年のお盆はわが家に帰っているが
おそらく五山の送り火は観ていないだろうナ。
塩谷さんは
今日も無事仕事ワ終えました。
明日も元気です。
午前中はしっかり覚えていたが
夜送り火があることをすっかり忘れていた。
理由は一泊旅行のヘルパーと利用者の部屋の組み合わせ・
配車の段取り・旅行に行かない利用者のケアの段取り・その他
厳しい予算をどうしていこうかなど・・・・
他のヘルパーが帰って来ないネと話し合っていたら
「塩谷さ〜ん 大文字綺麗やったし・・・・」
「○○ちゃんをお母さんがおんぶして私が後ろから支えて
物干し台から見えたんヨ!」
身振り手振りで様子を伝える。
「あぁ〜 そうそう 左大文字・船形・鳥居まで見えたんヨ」
「こんな流れ星まで見たけど見とれていてお祈りも忘れたし・・・」
ここでもまた身振り手振りで・・・
そうなんです。今日は五山の送り火だったんだ。
送り火は盆の行事であり
京都以外の人は普通に「大文字焼き」とよく云うが
京都人は間違っても「大文字焼き」などとは云わない。
「送り火」或いは「大文字の送り火」「五山の送り火」と呼ぶ。
そして「大文字焼き」と言った人を軽蔑の眼で見て
「大文字焼き?聞いたことあらへんし!何処のお饅頭やろ・・・」などと
完全に馬鹿にしたらしい。
いかにも往時の「いけずな」京都人の特長を云いあらしているよう。
祇園祭とともに京都の夏を代表する風物詩の一つである。
この送り火としては東山如意ケ嶽の「大文字」が最も有名だが
そのほかに金閣寺大北山(大文字山)の「左大文字」
松ヶ崎西山(万灯籠山)・東山(大黒天山)の「妙法」
西賀茂船山の「船形」
嵯峨曼荼羅山の「鳥居形」がありこれを大文字五山送り火とよんでいる。
精霊送りの意味を持つ盆の行事で
京都三大祭:葵祭・祇園祭・時代祭に五山送り火を加え
京都四大行事と呼ばれる。
江戸時代後期には「い」(市原野)
「一」(鳴滝)
「竹の先に鈴」(西山)
「蛇」(北嵯峨)
「長刀」(観音寺村)などの字形もあったが途絶えたといわれている。
送り火の始まりは
そんなに古いものではないようです。
仏教が町衆に浸透し始めた頃・・・と考えられ
おそらく古く見ても室町時代以降
新しく見積もれば江戸時代と云えるようです。
「送り火」というのは仏教儀式なのですが寺院の行事では無く
あくまでも精霊を送る火・・・言い換えれば
お迎えをする「迎え火」に対する「送り火」で
現在は各保存会の所在地にある有名寺院
金閣寺や銀閣寺などの協力を得て運営されているので
基本的には町衆文化であってそこには各宗派別・・・などは存在しない。
去年は女房殿と本当に久しぶりに大文字を車中から観た。
携帯で写して長女に送った。
その長女は今年のお盆はわが家に帰っているが
おそらく五山の送り火は観ていないだろうナ。
塩谷さんは
今日も無事仕事ワ終えました。
明日も元気です。
この記事へのコメント
「竹の先に鈴」送り火は再開したそうです。http://10e.org/elup/img/elup1892.jpg
2007/09/01(土) 05:58 | URL | アボット #L8KS7U1E[ 編集]
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