コンサートの思い出

ここでは、 コンサートの思い出 に関する情報を紹介しています。
障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
ヘルパーをしていると利用者さんといろんなところに行きます。
私はお寺や博物館・京都文化博物館などが好きですが
障害者分野の利用者さんはあまり好まない?
私は障害者の方とはまだ一度もそういう先に行ったことはありません。

そんななか障害者とコンサートに行く機会がたまにある。
でも私にはそんな声はかかりませんが。
たとえかかっても彼らと行くコンサートでは歌手名が分からない。
今日もそういうコンサート行きがあったようだ。

ここでちょっと個人的なコンサートの思い出をひとつふたつ。

私がはじめてコンサートの切符を貰ったのが中学1年のとき。
今から40年以上も前。
当時の最先端はもちろん「ザ・ピーナッツ」
ということでその公演を観に京都会館へ行った思い出がある。

バックにはスクールメイツの前身のようなダンサーが踊っていた。
そのダンサーはあの『しゃぼん玉ホリデー』で踊っていた。
今も昔の仲間とこんな話をしダンサーの写真を見れば当てられますが
こういう歌手のコンサートは後にも先にもこれのみ。

自分でお金を出したのは『高石ともや』の3日連続のコンサート。
超はつかないが一流であることに違いはない。
でも安い。
ちょうど国連障害者の10年の最終年にはいろんな催しがあった。
そんななか高石ともやは子どものコンサートや
共同作業所の全国大会の翌日などにコンサート
もう1日はなんだったか・・・
3日間連続して行ったにもかかわらず
合計で1万円もしなかったと記憶している。

彼の話はおもしろい。
いろんな話題を即興の歌にして笑いと涙を誘う。
こんな話を聞いたら力が沸くことは必至。
「受験生ブルース」の頃より私は好きなシンガーソングライターです。


コンサートなどには本当に無縁の私ですが
10数年あまり前B‘zとドリカムのコンサートの設営を手がけた。
コンサート用の様々なブースをリースした。

ちょっと自慢すると私がこの仕事を取ってきた。
コンサートにはほとんど縁のない者が取ったと当時社内でも話題になった。
確かB‘zは6月ドリカムは7月でどちらも正味使用は
2日間の本番と公式練習を含めて各々3日間ずつ。
その事前準備や何やかで各1ヶ月ずつのリース期間で
ユニットハウスを出していた。

ドリカムは幅2.4m長さ5.6mのユニットを
単体や繋いだりで約60ユニット程度を使用された。
B‘zの40ユニットに追加して大阪北港の飛行機の滑走路に並べた。
併せて仮設トイレを30台以上並べたのも壮観であった。

これにはまだまだ面白い話がいっぱいあります。
いつか吉田美和ちゃんの話なども・・・できたら面白いだろうナ。

ザ・ピーナッツは以来最も好きな歌手のひとりです。
可愛い花 、情熱の花、月影のナポリ、
コーヒー・ルンバ(西田佐知子との競作)、ふりむかないで
恋のバカンス 、ウナ・セラ・ディ東京、ドナ・ドナ
ローマの雨、恋のフーガ、銀色の道など
数えただけでもこのくらいはカラオケで歌っていました。
でもピーナッツのメドレー集がカラオケでないのはザ・ン・ネ・ン。

塩谷さんは
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
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