京都ライトハウス

ここでは、 京都ライトハウス に関する情報を紹介しています。
障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
今 視覚障害者のガイドヘルパー講習を
京都ライトハウスで受講している。
まだあと3回もある。
目の病など経験したこともなく私にはためになる講習である。
視覚障害者のガイドヘルパーについては改めて記しますが・・・

京都ライトハウスは「京都に盲学生のための図書館を」
という視覚障害者の願いを受け
1951年に盲人協会(現・視覚障害者協会)や
盲学校が中心となって「愛の鉛筆運動」が取り組まれました。
それから10年がかりで資金を集め
1961年に創立されました
初代館長鳥居篤治郎氏が土地を提供された。

その7年後に現在地に移転し
2004年に現在の施設に建て変わった
実に機能的な立派な施設です。

改築を契機に新たに「身体障害者通所授産施設」と
「身体障害者デイサービス」の1施設1事業を加え
視覚障害の乳幼児から高齢者・重複障害者を対象とした
全国に例を見ないほどの視覚障害者総合福祉施設となっています。

正面玄関には
ライトハウス生みの親 鳥居篤治郎氏のことば
「盲目は不自由なれど不幸にあらずとしみじみ思う」
の大きな額がかかっている。

昼休みに館内を探検していた。
2階で女性とすれ違った瞬間
「あッ」と思ったと同時に
「塩谷課長?」という声が聞こえた。
「○○さんだ!」 
「○○さんですよね。久しぶり・・・」
「私名前が変わって今△△って云うんです」
「塩谷課長 なんでここに?」
「ガイヘルの講習会」
「たぶん君がどこかにいるだろうと思ってた」
ライトハウスが忙しくなるとのことで退職された。
休日にはボランティアでいつも出ていたと聞いたことがある。

私も彼女と一緒に仕事をしていたときに
アフターファイブでこの分野のことを既にしていた。
「以前はスーツをびしっと決めておられたのに・・・」
ということは
今は「髪の毛を伸ばし放題で茶色がかっているのが・・・」

お互い9年ぶりに偶然(?)の出会いであった。
所属は京都府視覚障害者協会で京都市中途失明者生活指導員。
あのときそういうこともされていると知らなかったら
前職からは全く想像できない。
彼女にしても私がヘルパーも自分でやってまたこういう業務に
携わっていたことを知らなかった。

彼女も大げさに喜んでくれた。
この分野は分かってもらえる者がいるのが無性に嬉しいのです。
「俺は視覚障害者分野は素人。また教えて」
これで大概の云いたいことは理解してもらえると思います。
私にはこの分野で相談できる仲間ができ
嬉しいかぎりです。

塩谷さんは
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://tk44.blog74.fc2.com/tb.php/174-147c803b
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック