障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
昨日は中小企業家同友会の障害者問題の担当者会議があり
途中富士山を見て感動を覚えたことを少しだけ記した。
「明日は当日の会議で気になったことチョッとだけ・・・」
と勝手に約束したが
資料を会社に置き忘れたので本日は書けません。
変わりに祇園に飲みに行ったことをチョッとだけ・・・
ここ6〜7年は車で動いているので
飲みに行くことはほとんどない。
また脳梗塞の一歩手前までいって
積極的に飲みたいとも思わなくなった。
でも今日の人からのお誘いは別。
最初の会社の先輩で大学の先輩でもあるAさんと
下請業者のB社長。
この二人には大変お世話になった。
特にAさんは私が辛いときなどそっと励ましてくれたし
所属は違ってもいつも相談させて貰っていた。
B社長は建方の下請業者として
「塩谷さんが云うならしょうがない。やったろやないか」と
私たちの無茶な要望にも協力してくれた。
私は25年間もやっていたのに
基本的にはサラリーマン生活は好きでなかったといったほうがいいか。
はたまたサラリーマンよりその企業が合わなかったのか。
今では多くの部下だった方や仲間とも会ってない。
今日も「もっと会社に営業したらいいやん?」
「塩谷さんを知っている者も幹部になっているんやから」
この二人は私が過去大手企業に
努めていたことを証明してくれる確かな証人。
その後もよく飲みに行き小旅行もした。
家族を伴って行ったこともあります。
久しぶりにB社長からAさんが来ているので
「今晩飲みに行こう。断ったらあかんで」と電話があった。
彼と行くといつも祇園。
最初に小料理屋さんで腹ごしらえしいろんな話をし
お互いの元気を確かめ合う。
その後クラブなどへ流れていき
最後にぐでんぐでんになってタクシーで帰宅するパターン。
祇園も平日の今日などは閑散としている。
結構名のとおった小料理屋さんも私たちともう一組のみ。
これでは商売が大変やワ。
「塩谷さんちょっと老けたんと違う」とB社長。
「そうやね2年ぶりくらいやもんね」と私
話が盛り上がってくるといつもの役割が自ずとでてきます。
2人が云いあえば誰かが上手くまとめる。
言い過ぎたと感じたらそっとフォローをいれる。
3名の業務内容とバイオリズムが違うので
いつもこういうことになるのですが。
Aさんは会社で監査室の責任者でそのストレスは相当のもの。
B社長は社長としての孤独感との戦いか。
私はというとこの身分を捨てて別のことをやりたいなど
その時々の想いをお互いがぶつけあっていた時期があった。
今日はB社長がいつになく疲れており
「俺しばらく休みたいわ」「社長も変わるつもりやし・・・」
そこで私が彼にいろいろ突っ込んでいた。
「塩谷さんいきいきしてるネ」と二人。
「以前やめるやめると云ってたときと違うネ」
私自身もそのことを強く感じるときがあります。
今65歳までは仕事をしっかりする。
その後は悠悠自適の生活を送ると言いふらしています。
それが自信になっているのでしょう。
「きょうの塩谷さんからは以前迷っていた風には感じられない」と
ありがたい言葉を頂戴した。
その時々にいろんなことを相談していた相手です。
お互いのちょっとした話でおおよその察しがつくのです。
ありがたいものです。
そうこうしてクラブに流れていった後は
各々が一生懸命自説をホステスに吹聴しているのですが。
クラブも随分変わってきた。
高級グラブも細々と生き残っているものの
その他はすぐに代替わり。
こんなに冷え込んでいて再起が出来るのでしょうか?
わが国は・・・・・
塩谷さんたちは
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
途中富士山を見て感動を覚えたことを少しだけ記した。
「明日は当日の会議で気になったことチョッとだけ・・・」
と勝手に約束したが
資料を会社に置き忘れたので本日は書けません。
変わりに祇園に飲みに行ったことをチョッとだけ・・・
ここ6〜7年は車で動いているので
飲みに行くことはほとんどない。
また脳梗塞の一歩手前までいって
積極的に飲みたいとも思わなくなった。
でも今日の人からのお誘いは別。
最初の会社の先輩で大学の先輩でもあるAさんと
下請業者のB社長。
この二人には大変お世話になった。
特にAさんは私が辛いときなどそっと励ましてくれたし
所属は違ってもいつも相談させて貰っていた。
B社長は建方の下請業者として
「塩谷さんが云うならしょうがない。やったろやないか」と
私たちの無茶な要望にも協力してくれた。
私は25年間もやっていたのに
基本的にはサラリーマン生活は好きでなかったといったほうがいいか。
はたまたサラリーマンよりその企業が合わなかったのか。
今では多くの部下だった方や仲間とも会ってない。
今日も「もっと会社に営業したらいいやん?」
「塩谷さんを知っている者も幹部になっているんやから」
この二人は私が過去大手企業に
努めていたことを証明してくれる確かな証人。
その後もよく飲みに行き小旅行もした。
家族を伴って行ったこともあります。
久しぶりにB社長からAさんが来ているので
「今晩飲みに行こう。断ったらあかんで」と電話があった。
彼と行くといつも祇園。
最初に小料理屋さんで腹ごしらえしいろんな話をし
お互いの元気を確かめ合う。
その後クラブなどへ流れていき
最後にぐでんぐでんになってタクシーで帰宅するパターン。
祇園も平日の今日などは閑散としている。
結構名のとおった小料理屋さんも私たちともう一組のみ。
これでは商売が大変やワ。
「塩谷さんちょっと老けたんと違う」とB社長。
「そうやね2年ぶりくらいやもんね」と私
話が盛り上がってくるといつもの役割が自ずとでてきます。
2人が云いあえば誰かが上手くまとめる。
言い過ぎたと感じたらそっとフォローをいれる。
3名の業務内容とバイオリズムが違うので
いつもこういうことになるのですが。
Aさんは会社で監査室の責任者でそのストレスは相当のもの。
B社長は社長としての孤独感との戦いか。
私はというとこの身分を捨てて別のことをやりたいなど
その時々の想いをお互いがぶつけあっていた時期があった。
今日はB社長がいつになく疲れており
「俺しばらく休みたいわ」「社長も変わるつもりやし・・・」
そこで私が彼にいろいろ突っ込んでいた。
「塩谷さんいきいきしてるネ」と二人。
「以前やめるやめると云ってたときと違うネ」
私自身もそのことを強く感じるときがあります。
今65歳までは仕事をしっかりする。
その後は悠悠自適の生活を送ると言いふらしています。
それが自信になっているのでしょう。
「きょうの塩谷さんからは以前迷っていた風には感じられない」と
ありがたい言葉を頂戴した。
その時々にいろんなことを相談していた相手です。
お互いのちょっとした話でおおよその察しがつくのです。
ありがたいものです。
そうこうしてクラブに流れていった後は
各々が一生懸命自説をホステスに吹聴しているのですが。
クラブも随分変わってきた。
高級グラブも細々と生き残っているものの
その他はすぐに代替わり。
こんなに冷え込んでいて再起が出来るのでしょうか?
わが国は・・・・・
塩谷さんたちは
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
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