障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
日本人って本当にバカな国民?
ここしばらくは納豆が店頭から消えてしまった。
納豆の大手メーカーも
商品が品薄でいや品切れでまことに申し訳ないと
わざわざお詫び広告までだしている。
今日の“スポーチ報知”はねつ造の記事を第1面の全段で掲載。
まあ大きなスポーツも見当たらないからか・・・
今は大相撲初場所の14日目。
当然スポーツ紙としては書くべきであろうが
またも朝青龍。これで20回目の優勝。
第5位での貴乃花に次ぐ優勝回数となった。
ただ土俵数の少なさで云えばダントツ。
私はもともと見ないからいいものの
日本人の横綱も望めない(?)大相撲に
いつまでも人気があると思う日本相撲協会の姿勢がおかしい。
本題のねつ造問題。
おそらくこんなことテレビの製作上日常茶飯事でしょう。
ただテーマが悪すぎた。
健康がテーマの番組であり
若干の誇張は多めに見ても
『うそのデータを作り、うその写真を載せ、うその結果を作り出す』
これは観ている者の命に繋がる問題である。
また番組の死亡を意味するだろう。
10年間続いた看板番組でありでテレビ局は続けたいだろう。
出演者はどうか?
堺正章の責任ではないが
彼のこと・番組内でこれでもかというくらい
大げさに納得しているはず。
その同義的責任はやはり逃れることはできないだろう。
なぜこんなことが起きるのか?
幾つかの下請け製作会社が競い合って
良い結果を出そうとしている。
この番組には実に下請け班が9つもあるそうだ。
当然他の下請けよりも良いものを作らねばと私なら思う。
下請け製作会社に丸投げをする結果のツケだ。
この司会者が“みのもんた”だったらと
想像するだけで楽しい。
「おもいっきりTV」も毎日こういう話題。
あれだけ強い口調で話す彼がもしその内容に「ねつ造」があったら・・・
さくらんぼが体に良いといえば
スーパーからさくらんぼがなくなる。
もし今回のように納豆が最高などといえば
同様のことになったことでしょう。
そのときの彼の去就は・・・・・注目に値する。
彼はそのデータなどを自分でチェックするルートも持ってたりして・・・
ねつ造ではないが
TVの効果は瞬時にはたいへん大きい。
以前「どっちの料理ショー」などの特選素材に取り上げられたとたん
翌日から電話が鳴りっぱなし
メールも入りっぱなし。
その業者の製造量の50〜80倍、最低でも向こう1年分近くの
予約・受注が入ったとビーオブエスの関係者は
実体験で語っていた。
体に良ければネコも杓子もそちらになびく
「ばかな日本人の体質なのでしょうか」
納豆はいつものおかずのが足らないときなどに
食べると非常に美味しい。
大根おろしと合わせると量も増え最高。
どの家でも納豆を食べ続けている・・・
想像してみて下さい。
私はこれはもうTVの弊害の際立ったものと思うが
実はもうひとつ考えて貰いたいこともあります。
「愛は地球を救う:24時間テレビ」
これはこれで良い番組だとは思う。
しかしです。
見ていてなんとやらせの多いことか?
特定の日にだけ障害者にスポットを当てる意味は何ですか?
TV局としてはこういう番組をやらないといけない。
社会的責任などと云うのだろう。
大きなイベントにして盛り上げる。
多くの視聴者がついて来て視聴率は当然上がる。
視聴率が上がれば何をやっても良いのがテレビ局。
この番組を見ていてある種やりたい放題である。
内容に凄く偏りが多い。
盛り上げなければならないから・・・
障害者のことを考える日が1/365で良い訳がない。
いろんな障害のある人がいる。
企業で働いている人・働きに行けず家にいる人
家族で障害に立ち向かう人・寝たきりで頭だけしっかりした人
その他諸々の障害者が地域には多くいます。
番組は1日だけ障害者が主役。
富士山に登る。
ガンバレ〜のかけ声とともにレポーターの大げさなコメント。
遠泳に不自由な体をおして完泳する
その様子を主要なポイント毎に追いかけ感動を煽る。
24時間これでもかというくらい善意の山。
TV局はなぜ1日に纏めてしまいたいのでしょうネ。
やはり視聴率でしょう。
そのためにはおもしろくなければ・注目を集めなければダメなのです。
盛り上がった1日に障害者問題を取り上げ
社会的責任をクリアしようとする。
最近地方局などで福祉の時間などを
やっているが見ている人はいますか? たぶん否!!
テレビ局の考え方とはそういうものでしょう。
ここには企業で働く障害者が
その会社の代表者とともにでている例は恐らくなかった。
家族の応援のもとで頑張る姿が絵になるのです。
だからカメラを回したときにこうしてああしてとやらせるのです。
これってやっぱりヤラセではないですか?
国民全てはこのヤラセに
ガンバッタネ・かっこよかったヨなどと満足しているのです。
8時40分くらいに加山雄三と谷村新司が
サライを歌いだしてしばらくして
ふらふらになったマラソンランナーが帰ってくる。
究極の盛り上げの場面。
伴奏者は常に戻る時間を体調と兼ね合わながら計算している。
これもヤラセではないですか?
以前山田花子が戻れずに番組が終了した。
終了時間後にこの模様を写していたがこれが本来は一般的のはず。
私はこの番組を非難はしていません。
テレビだからそういう見せ方は必要であるとも思う。
だからそこにはヤラセが
おなみだ頂戴式の作り方が入ってくる。
これをよく知った上でこういう番組に接することが大事である。
しかし1/365にまで極端に纏めるのはテレビの弊害。
これと納豆がなくなった件とは違います。
こちらは結果を出すためのヤラセ。
もってのほか。
うわべはどう繕っても
観ている者に
ヤラセで視聴率を稼ごうとする姿勢は同じなんですがネ!!
塩谷さんは
今日も無事夕方からの仕事を終えました。
明日も元気です。
ここしばらくは納豆が店頭から消えてしまった。
納豆の大手メーカーも
商品が品薄でいや品切れでまことに申し訳ないと
わざわざお詫び広告までだしている。
今日の“スポーチ報知”はねつ造の記事を第1面の全段で掲載。
まあ大きなスポーツも見当たらないからか・・・
今は大相撲初場所の14日目。
当然スポーツ紙としては書くべきであろうが
またも朝青龍。これで20回目の優勝。
第5位での貴乃花に次ぐ優勝回数となった。
ただ土俵数の少なさで云えばダントツ。
私はもともと見ないからいいものの
日本人の横綱も望めない(?)大相撲に
いつまでも人気があると思う日本相撲協会の姿勢がおかしい。
本題のねつ造問題。
おそらくこんなことテレビの製作上日常茶飯事でしょう。
ただテーマが悪すぎた。
健康がテーマの番組であり
若干の誇張は多めに見ても
『うそのデータを作り、うその写真を載せ、うその結果を作り出す』
これは観ている者の命に繋がる問題である。
また番組の死亡を意味するだろう。
10年間続いた看板番組でありでテレビ局は続けたいだろう。
出演者はどうか?
堺正章の責任ではないが
彼のこと・番組内でこれでもかというくらい
大げさに納得しているはず。
その同義的責任はやはり逃れることはできないだろう。
なぜこんなことが起きるのか?
幾つかの下請け製作会社が競い合って
良い結果を出そうとしている。
この番組には実に下請け班が9つもあるそうだ。
当然他の下請けよりも良いものを作らねばと私なら思う。
下請け製作会社に丸投げをする結果のツケだ。
この司会者が“みのもんた”だったらと
想像するだけで楽しい。
「おもいっきりTV」も毎日こういう話題。
あれだけ強い口調で話す彼がもしその内容に「ねつ造」があったら・・・
さくらんぼが体に良いといえば
スーパーからさくらんぼがなくなる。
もし今回のように納豆が最高などといえば
同様のことになったことでしょう。
そのときの彼の去就は・・・・・注目に値する。
彼はそのデータなどを自分でチェックするルートも持ってたりして・・・
ねつ造ではないが
TVの効果は瞬時にはたいへん大きい。
以前「どっちの料理ショー」などの特選素材に取り上げられたとたん
翌日から電話が鳴りっぱなし
メールも入りっぱなし。
その業者の製造量の50〜80倍、最低でも向こう1年分近くの
予約・受注が入ったとビーオブエスの関係者は
実体験で語っていた。
体に良ければネコも杓子もそちらになびく
「ばかな日本人の体質なのでしょうか」
納豆はいつものおかずのが足らないときなどに
食べると非常に美味しい。
大根おろしと合わせると量も増え最高。
どの家でも納豆を食べ続けている・・・
想像してみて下さい。
私はこれはもうTVの弊害の際立ったものと思うが
実はもうひとつ考えて貰いたいこともあります。
「愛は地球を救う:24時間テレビ」
これはこれで良い番組だとは思う。
しかしです。
見ていてなんとやらせの多いことか?
特定の日にだけ障害者にスポットを当てる意味は何ですか?
TV局としてはこういう番組をやらないといけない。
社会的責任などと云うのだろう。
大きなイベントにして盛り上げる。
多くの視聴者がついて来て視聴率は当然上がる。
視聴率が上がれば何をやっても良いのがテレビ局。
この番組を見ていてある種やりたい放題である。
内容に凄く偏りが多い。
盛り上げなければならないから・・・
障害者のことを考える日が1/365で良い訳がない。
いろんな障害のある人がいる。
企業で働いている人・働きに行けず家にいる人
家族で障害に立ち向かう人・寝たきりで頭だけしっかりした人
その他諸々の障害者が地域には多くいます。
番組は1日だけ障害者が主役。
富士山に登る。
ガンバレ〜のかけ声とともにレポーターの大げさなコメント。
遠泳に不自由な体をおして完泳する
その様子を主要なポイント毎に追いかけ感動を煽る。
24時間これでもかというくらい善意の山。
TV局はなぜ1日に纏めてしまいたいのでしょうネ。
やはり視聴率でしょう。
そのためにはおもしろくなければ・注目を集めなければダメなのです。
盛り上がった1日に障害者問題を取り上げ
社会的責任をクリアしようとする。
最近地方局などで福祉の時間などを
やっているが見ている人はいますか? たぶん否!!
テレビ局の考え方とはそういうものでしょう。
ここには企業で働く障害者が
その会社の代表者とともにでている例は恐らくなかった。
家族の応援のもとで頑張る姿が絵になるのです。
だからカメラを回したときにこうしてああしてとやらせるのです。
これってやっぱりヤラセではないですか?
国民全てはこのヤラセに
ガンバッタネ・かっこよかったヨなどと満足しているのです。
8時40分くらいに加山雄三と谷村新司が
サライを歌いだしてしばらくして
ふらふらになったマラソンランナーが帰ってくる。
究極の盛り上げの場面。
伴奏者は常に戻る時間を体調と兼ね合わながら計算している。
これもヤラセではないですか?
以前山田花子が戻れずに番組が終了した。
終了時間後にこの模様を写していたがこれが本来は一般的のはず。
私はこの番組を非難はしていません。
テレビだからそういう見せ方は必要であるとも思う。
だからそこにはヤラセが
おなみだ頂戴式の作り方が入ってくる。
これをよく知った上でこういう番組に接することが大事である。
しかし1/365にまで極端に纏めるのはテレビの弊害。
これと納豆がなくなった件とは違います。
こちらは結果を出すためのヤラセ。
もってのほか。
うわべはどう繕っても
観ている者に
ヤラセで視聴率を稼ごうとする姿勢は同じなんですがネ!!
塩谷さんは
今日も無事夕方からの仕事を終えました。
明日も元気です。
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