障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
ぼちぼちカウントダウンが聞こえてくる。
あと3日。
先日は事務所の10大ニュースを独断と偏見で勝手に書いた。
今回はその私バージョン。
国連障害者の10年の最終年に
障害者問題と接する人生を変える機会に遭遇して
この世界にのめり込んで約10年が経過した。
でも年間を通して障害者関連に接し
しかも業務とするようになったのは今年から。
まず最も大きな事項としてこれを挙げよう。
その前にいくつか。
◎.介護保険関連の業務がほとんどなくなった
上で書いた10年よりだいぶ前から
ちょっとしたボランティアなどでは
障害者分野とも接点はあったものの
支援費制度などもなく
障害者分野で生計を立てることは
施設以外に考えられない時代であった。
そうこうしているうちに、介護保険制度が誕生し
個人企業でもまたその分野を見越してできた企業でも
高齢者介護の仕事をしてきた。
そして各地のケアマネジャーとの親交も厚くなり
高齢者関連分野で生計を立てていた。
高齢社宅の住宅改修や福祉用具レンタル事業など
それなりに継続得意先などもできていたが。
プロデッセもそれなりの時もあったが。
昨年から障害者分野にシフトしたことと
介護保険制度の大幅改定などで締め付けも厳しくなり
従来のような仕事はほとんどでなくなった。
読みがちょっと甘かった?。
◎.介護保険業務時代の思いでも切れていく
事業が途切れると人はその繋がりも薄れていきます。
最初の会社で親交のある者はもう幾人かのみ。
次に私がまとめていた介護関連事業所は
その後の業績不振から廃止してしまった。
当時の女子社員も寂しいと電話を寄こした。
またある先生がケアマネジャーの立場で作られて
私も積極的に事務面などで応援したケアマネの組合も
繋がりが薄れ退会の段取り中。
◎.自分の時間が持てない生活を経験
障害者在宅介護事業分野は
高齢者の介護保険ヘルパー事務所と違い
土・日・お盆・年始の正月などにも
利用者が「もういいわ」と云われる状況はほとんどない。
なぜか?
当事務所は独居障害者が多いこともあろう。
また身体介護・重度訪問介護などで
その家で家事援助などご本人の周辺部分をするではなく
身体的なケアをする場合が多いことによる。
そういうケアをする場合当然季節・曜日は関係なし。
◎.家族もそれなりに「自立」し「楽しんで」いる。
この前長女からクリスマスカードが家族宛に届いた。
二十歳代半ばから二十歳前までの3人の子供たちは
それぞれ自分の生活を一生懸命やっている様子。
親として嬉しいかぎりである。
長女はやり繰りしながら岡崎市で勤務し
この秋に車を買ったらしい。
次女は来春から幼教に専念するらしい。
長男も外大で頑張っているらしく海外に行きたいらしい。
・・・・らしいとは私はほとんど干渉しない。
人様にご迷惑をかける行為は問題外であるが
やりたいことがあり、一生懸命することには干渉しない。
それぞれの子供たちが自分の夢を追いかけ
りっぱに成長してほしいと願うのみ。
来年はその実現期。
自分たちの夢に向かって進んでくれることが
夫婦ともどもの願いでもあります。
◎.まだまだ元気
私も以前脳梗塞の一歩手前で入院した。
2年半ほど前。その後酒も控え快調?
家族もそれぞれ今は元気。
夫婦の親も今は大きな病気などもない。
ただ高齢になりよる年なみには逆らえないが。
まだまだ元気で孫の顔を見てほしい。
無理せずゆっくりしかも頑張ってとしか云えないが。
◎.ブログを開設した
今年の9月より「徒然なるままに」という
ブログを立ち上げた。
基本は障害者の雇用・就労問題を考え
ともに手を携えてその実現に邁進して行こう
という内容ではあるが
結構自分ネタ・ヘルパーのこと・事務所の
事なども多く入れている。
こういうことを実現したい者の
考え方なども知ってもらいたいとの理由。
これからも更新していく予定です。
多くの方々のアクセスにより
少しでも障害者への理解の一助になればと思っています。
◎.障害者の分野で業務をしだした
始めに書いたとおり
年間を通して障害者に接し
しかも業務にするようになったのは今年から。
最も大きな事項としてこれを挙げる。
以前からボランティア活動はやっていたが
基本的に生計を維持するのに
障害者分野の仕事ができるとは思わなかった。
私にはこれが嬉しかった。
業務が向いている先がやりたかった障害者分野
そこに接しながら仕事ができることは楽しい限り。
来年はもっと私の意図するものもだしていきたい。
今年を振り返ってみるとこの7つくらい。
10大ニュースではなく7大ニュースであった
介護保険業務から離れてきたことが大きい。
2006年は今の仕事にシフトしたのが
通常の3倍くらいの重大さであったので
これを加味すると10大ニュースに匹敵するか。
でもこの程度が自分の大きな項目になることは
日々普通の生活をしてきた証か。
この程度のことが続くのが結局いいことなんでしょうネ。
来年はどんな内容を記載できるのかナ?
塩谷さんは
今年は無事仕事を終えました。
明日の元日も元気です。
あと3日。
先日は事務所の10大ニュースを独断と偏見で勝手に書いた。
今回はその私バージョン。
国連障害者の10年の最終年に
障害者問題と接する人生を変える機会に遭遇して
この世界にのめり込んで約10年が経過した。
でも年間を通して障害者関連に接し
しかも業務とするようになったのは今年から。
まず最も大きな事項としてこれを挙げよう。
その前にいくつか。
◎.介護保険関連の業務がほとんどなくなった
上で書いた10年よりだいぶ前から
ちょっとしたボランティアなどでは
障害者分野とも接点はあったものの
支援費制度などもなく
障害者分野で生計を立てることは
施設以外に考えられない時代であった。
そうこうしているうちに、介護保険制度が誕生し
個人企業でもまたその分野を見越してできた企業でも
高齢者介護の仕事をしてきた。
そして各地のケアマネジャーとの親交も厚くなり
高齢者関連分野で生計を立てていた。
高齢社宅の住宅改修や福祉用具レンタル事業など
それなりに継続得意先などもできていたが。
プロデッセもそれなりの時もあったが。
昨年から障害者分野にシフトしたことと
介護保険制度の大幅改定などで締め付けも厳しくなり
従来のような仕事はほとんどでなくなった。
読みがちょっと甘かった?。
◎.介護保険業務時代の思いでも切れていく
事業が途切れると人はその繋がりも薄れていきます。
最初の会社で親交のある者はもう幾人かのみ。
次に私がまとめていた介護関連事業所は
その後の業績不振から廃止してしまった。
当時の女子社員も寂しいと電話を寄こした。
またある先生がケアマネジャーの立場で作られて
私も積極的に事務面などで応援したケアマネの組合も
繋がりが薄れ退会の段取り中。
◎.自分の時間が持てない生活を経験
障害者在宅介護事業分野は
高齢者の介護保険ヘルパー事務所と違い
土・日・お盆・年始の正月などにも
利用者が「もういいわ」と云われる状況はほとんどない。
なぜか?
当事務所は独居障害者が多いこともあろう。
また身体介護・重度訪問介護などで
その家で家事援助などご本人の周辺部分をするではなく
身体的なケアをする場合が多いことによる。
そういうケアをする場合当然季節・曜日は関係なし。
◎.家族もそれなりに「自立」し「楽しんで」いる。
この前長女からクリスマスカードが家族宛に届いた。
二十歳代半ばから二十歳前までの3人の子供たちは
それぞれ自分の生活を一生懸命やっている様子。
親として嬉しいかぎりである。
長女はやり繰りしながら岡崎市で勤務し
この秋に車を買ったらしい。
次女は来春から幼教に専念するらしい。
長男も外大で頑張っているらしく海外に行きたいらしい。
・・・・らしいとは私はほとんど干渉しない。
人様にご迷惑をかける行為は問題外であるが
やりたいことがあり、一生懸命することには干渉しない。
それぞれの子供たちが自分の夢を追いかけ
りっぱに成長してほしいと願うのみ。
来年はその実現期。
自分たちの夢に向かって進んでくれることが
夫婦ともどもの願いでもあります。
◎.まだまだ元気
私も以前脳梗塞の一歩手前で入院した。
2年半ほど前。その後酒も控え快調?
家族もそれぞれ今は元気。
夫婦の親も今は大きな病気などもない。
ただ高齢になりよる年なみには逆らえないが。
まだまだ元気で孫の顔を見てほしい。
無理せずゆっくりしかも頑張ってとしか云えないが。
◎.ブログを開設した
今年の9月より「徒然なるままに」という
ブログを立ち上げた。
基本は障害者の雇用・就労問題を考え
ともに手を携えてその実現に邁進して行こう
という内容ではあるが
結構自分ネタ・ヘルパーのこと・事務所の
事なども多く入れている。
こういうことを実現したい者の
考え方なども知ってもらいたいとの理由。
これからも更新していく予定です。
多くの方々のアクセスにより
少しでも障害者への理解の一助になればと思っています。
◎.障害者の分野で業務をしだした
始めに書いたとおり
年間を通して障害者に接し
しかも業務にするようになったのは今年から。
最も大きな事項としてこれを挙げる。
以前からボランティア活動はやっていたが
基本的に生計を維持するのに
障害者分野の仕事ができるとは思わなかった。
私にはこれが嬉しかった。
業務が向いている先がやりたかった障害者分野
そこに接しながら仕事ができることは楽しい限り。
来年はもっと私の意図するものもだしていきたい。
今年を振り返ってみるとこの7つくらい。
10大ニュースではなく7大ニュースであった
介護保険業務から離れてきたことが大きい。
2006年は今の仕事にシフトしたのが
通常の3倍くらいの重大さであったので
これを加味すると10大ニュースに匹敵するか。
でもこの程度が自分の大きな項目になることは
日々普通の生活をしてきた証か。
この程度のことが続くのが結局いいことなんでしょうネ。
来年はどんな内容を記載できるのかナ?
塩谷さんは
今年は無事仕事を終えました。
明日の元日も元気です。
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