200710

ここでは、 200710 に関する情報を紹介しています。
障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
速いものでもう10月も終わり。
明日からは月も変わり年の瀬が近いと云えば大げさすぎるか?

当社もこの夏を乗り切るのに必死だった。
昨年の今ごろからかなりの利用者を積極的に増やしてきた。
春先がピーク。
でも春は人の入れ替わりの季節で当社でも貴重な若手女性が卒業。

夏には男性も退職するなどヘルパーは減員するが
その補充ができない。
支援センターからも依頼が来るが
こういう方は受けてみたいな・事業所経営上も取りたいなと思っても
現状のキャパでは到底ムリ。

それどころか病気などでひとりでも休めばもう大変。
どこの事務所でも同じたが熱い最中パイクで北や南・東へ西へ走り回った
ヘルパーには頭がさがります。
「寒いほえが大変やん」と云うが「熱いのもしんどいやろ」

途中コムスン事件がありヘルパーも見込めるかと思いきや
当社には全く・他の障害者自立支援法上の事務所にも
その恩恵はなかった。
9月に入りやっとヘルパーの採用もできたが
まだ以前の人数には戻っていない。

この半年あまり社員全員でのりきってきたが
新しい利用者がひとりも受けれなくなると
案の定数字が下がってきた。
この原因はみんなの疲れから減ってきたものではないことは事実だが
原因が未だ特定できない。

幾つかの要素はあるがやはり新しい利用者の導入・
新陳代謝が会社にも必要なのです。
私は経営人として全てに積極姿勢を常に打ち出すタイプ。
多少残枠があるとそこを生めて活性化し士気を高めようとするが
当面は云えないと封印してきたが
まだ云える状況にはない。

ヘルパー増強にもいろんなことを試みてきた。
田村会長も彼の考えの中にあり今夏新しく創った乳幼児預かり施設も
子育て中のヘルパーとも組み合わせることも実施し
また私の関係先のヘルパー学校に青田買いなども実施しているが
肝心の女性ヘルパーが来なければ計画が遂行できない。

利用者が増え出して約1年余り。
ヘルパーが減って半年あまり。
だからこの間は大変なのです。

少なくなった人数でより多くの数字をあげることは
人が人を介助するこの業界では
個人への重圧が大変になり悪循環の元にもなりかねない。

もう少しゆとりを持って仕事をしたいと思うのは贅沢でしょうか?

そのもとにあるヘルパーが楽しく・安定して働ける場である
ということを多くの方々が認識できる程度の
最低限の賃金の保障などを
もっと真剣に考える時期にあることは国が
本来一番良く解っているはずなのですが・・・・・

本当に動かないんですネ。

ビーオブエスの職員は
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
行って来ました。 昨日。
天気は予想していたものの素晴らしい好天だった。

やはり出発時間は30分近くズレ込んだ。
15台近くの車椅子障害者を各自宅まで迎えに行って
事務所に集まりそこで移動用の車両に乗り換え
やっと出発。
早い方で8時半ごろのお迎えになりそういう方はやはり大変。

車椅子を効率的に乗せる必要がありこういう乗せ変えのために
事務所が中継基地になります。
そのために約30分近くの遅れになってしまうのです。

でも現地南京町には約15分の遅れで着いた。
事前に道路下見の影響と日曜日なのに思ったほど込んでいなかった。
阪神高速神戸線に入ったとたん右手山側に見える
山肌の風景は京都と全く違うのを感じてもらえただろうか?

京都のそれは落ち着き良い意味で「陰」・・・
一方神戸の山肌は西向きに裾1/3くらいまで日差しを浴びた
住宅街が広がり見るからに「陽」か・・・
でもずぅ〜と続く細長い街
3層にもなる高速道路など私には馴染めないし・ちょっとネェ!!

しかしです。
南京町は参加者の多くが喜んでいただけた。
京都にはない町並みで
こういうところも障害者個人ではなかなか来れない。
今回は利用者とスタッフが1対1で思い思いに昼食を食べた。

結構多くの観光客がいたが
店の中は案外すいており車椅子もほとんどの店で対応可能。
メニューも特別新しいものはなく
露店で飲茶類を買いその奥のお店で食べたと利用者の話。

この露店での飲茶類が京都ではありません。
奥に入ってしまえば逃げられないので
一品料理をを注文してもなかなか来ない。
その間に露店の飲茶を食べさす魂胆だろうか?
まぁこれも悪くはない。

でも障害者だから食事時間は一般より長い。
食介の必要な方もいる。
ゆっくりしていて大半の人は時間が少なかったのではないか?
その後にまた混雑する車椅子トイレがみんなを待っている。

この中で食の安全なども頭をかすめる。
露店での販売用品は当日売れ残ったら翌日また翌日と延ばすはず。
持ち帰りでも賞味期限などの日付が入ることはなく
「吉兆」のように毎日1日ずつズラせることも必要なし。
こういう場所だから暖め売れ残ったら冷蔵庫に戻し
また翌日暖めて再販売する。

こういう露店だからなにも云われず普通の店舗は変に過敏。
どちらの業者もそんなことくらい問題ないのに思っているから
こういう問題が起こるのでしょう。


その後「神戸空港」へ移動。
ちょっと過密スケジュールかと思いつつ計画したが近かったから。
ポアイも京都にはない風景。
空港の進入道路も新しくみんなは興味津々。

ここは新設空港ゆえ障害者には配慮され尽くしている。
障害者も入れる契約用駐車場など・・・
でも障害者が2階に上がるだけで2台一緒に乗っても
エレベーターは7往復してやっと・・・

これくらいは仕方がないですネ。
屋上の送迎デッキには多くの見物人がおり
比較的少ない離着陸を見守っている。
飛行機を見れて良かったワと云う女性や男子学生などもおり
「南京町よりこっちのほうが良かった」という人などには
時の経つのも忘れがち・・・・・

時間的にさすがにここで食事をされる方はいなかったが
神戸プリンを食べながらの方々も多く
お土産はここで買う人が圧倒的。

爆音の好きな方は屋上デッキへ。
音のダメな障害者は3階のガラス張りの場所から
思い思いの楽しみ方をされていました。

今度の秋レクが利用者と同数のスタッフのお陰で
2ヶ所のまたその人なりの楽しみ方ができたと思われる。

いつもいつもこれだけのボラ人数はしなどいナと思いつつ
「せっかくの機会だから楽しんでもらう」
今後ともこれを考えないとつまらないレクになってしまう。

そんな思いで過ごした日曜日であった。

ビーオブエスの職員は
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
障害者の介助と高齢者・介護保険制度上の介助は
同様ではあるが
ちょっと違うなぁと思うところも多くある。

介護保険制度では20年・30年も介助し続けることは
ほとんどありえないが
障害者分野ではそれほど少ないものでもないという。

以前龍谷大学のボランティアサークルが
数十年の歴史があり障害者と係わりを持ち
今も当初のボランティアさんの子どもさんが親と同じように
その方のお世話をしていますと話されていた。

「本当に珍しいケースですネ」
「いえ うちの大学でもおひとりではないんです。
他の学生はまだおられる方を知っていると云ってました」
そらまぁそうかも知れない。

障害者は一般的には高齢者より当然長生き。
だから介助に入る接し方が違って当然なのです。

でもヘルパーがその人の人生を左右出来るものではない。
またヘルパーがそれだけのことを決定できるだけの
経験や知識を全てのものが有するものでもない。
ただ一部のものには出来るかもしれないが
事務所の総意で全員が同じように出来るものではない。

ただその方の介助の中で長く生活されるのに
適切な良い介助をするとなると
必然的にその方の自然体の介助が必要になります。

そういう意味では
高齢者はその場その場での対応となっているが
障害者ではその方の末長い「生活の支え」が介助ということになる。

私たちも日頃からそういうことを心がけるべきとよく云っている。
そういう方の中に1年を当社で経過した人がおられるが
私たちの望む方向に導いていくことができなかった。

その方の性格までは変えることは私たちには越権行為であろうが
その時々の物事の考え方は一緒になって考えても良いし
年間80日くらい接しておれば私は当然だと思っている。

例えば野菜嫌いな方と80日接していればどうしたら
食べられるようになるだろうかなどをともに考えることは
ヘルパーであってもすべきことだと思う。

そこが高齢者の介助に入るヘルパーとの大きな違い。
決して偉そうぶっているつもりはありません。
それだけ介助する人が若く末長い付き合いをしていくのだから・・・

ビーオブエスの職員は
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
今 秋レクの最終段取りをまとめている。

この前能登・金沢の一泊旅行に行ってまだ2ヵ月半。
「恒例の秋レク」という簡単なスケジュール表・段取りを作成している。

「恒例」という言葉がつくほど秋レクの歴史は長い?
発足5〜6年程度の企業であり歴史もさほどあるとは云えないが
おそらく法人化する以前の任意団体のときから
思い立ったようにどこかへ訪問していたようだが
この時にも秋には必ず今と同一主旨の催しをしていた。

今回は「南京町&神戸空港」
こういうところは各施設もよく行く先になっており
当社の利用者の中でも他の通所施設で行かれた方もあるが・・・
行かれた方も仲間が変わればまたおもしろい。

今回の現地での対応で考えたことは
南京町の中華料理店の専門的な食事や
露店で買ったものをいろんな広場で食べるも良し
ちょっと時間はずれるがマリンエアの食堂街で
好きなものを食べても良しという企画をコンセプトにした。

車椅子を自分で押せない人もおれば
食事介助が必要な方
トイレ介助のいる方
動き回れるが目の放せない方
食べたいものを自分で表現できない方

などなど・・・さまざま・・・

ということは
利用者1人にスタッフ1人が必要だ。
社員は参加されない方のケアもあり全員の参加は到底不可能。
ボランティアをいつもより多く手配しないと・・・
ということで今回は9名もの方々にお願いした。

ベテランが近くにいるので
初めての方でも不安がっていただくことはないと思う。
それだけ職員は周りを見る目を持っています。

当社と係わりのなかった方は2名。
いつもボランティア参加していただく方が3名。
他の施設からも来ていただいてます。
その他

その他の中には今回初めて我が女房殿にも「ご参加いただく」
「えぇ〜 なんで私が・・・・・
掃除も洗濯もあるし  子どもも起こさなあかんし・・・」

でも彼女は最近身障や知的の重度障害者に係わることも結構多く
十分そういう世界のことが理解できるようになってきた。
今回も当社の利用者のうち外にでることが好きな参加者が多く
亭主の事務所の状況を知ってもらうのに
良い機会だと「そこをなんとかお願いします」と懇願した?

そんなこんなで約35名程度で
「恒例」の秋レクを実施できる状況になりました。
次の日曜日は天気はよさそう。

ビーオブエスの職員は
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
食の安全がまたまたワイドショーなどで注目されている。

今度は「比内鶏」という会社がやらかした。
秋田県のブランド「比内地鶏」を加工し販売する会社らしい。
でも「比内地鶏」を販売当時から使った実績はないとのこと。

これは消費者をだます行為。
ここを大きな括りで“食の安全”と表現するのだろうか?

今回逮捕されたミーとホープの社長や工場長などは
消費者をだましても身体に被害を及ぼすものではないと
自分たちなりの勝手な結論付けで進めてきた。

消費者もこの種の事件が発覚して初めてジダンダを踏む。
「悔し〜い 騙された」
ここには食の安全に配慮がないとは一概に云えない

以前ミートホープの田中社長は偽装問題について
「消費者は安いものばかりを求めたがる」と語っていたが
その背景には
“牛肉100%だったらそんな値段で恒常的に出荷できないだろう”
“消費者側にも安価なものだけを求めるため企業防衛上やむなく・・・・・”
<そんなに消費者のことばかり考えてられるか?
俺たちだって社員を養う責任があるんだゾ> ということだろう。

ここに雨水を使い肉の解凍をしていたとあったが
専門的には解らないがこれらは別の次元でやはり問題である。

今回の「比内鶏」問題はブランドを利用した悪質な騙し。
普通より少しでも安く超有名地鶏を食べたい気持ちは分かるが
それが騙されていたと騒いでもネェ・・・・・

私もごくたまにではあるが赤福を京都駅で買った。
正直美味しいと思った。
でもあれもほとんど解凍品だったのでしょう。
安全であれば
またそれ相当の価格に下げるのであれば
個人的には赤福も許してやろう

「だまし」と「食の安全」をはっきり区分する必要はある。
女房殿は最近超極安中国産野菜は怖くて買えないと云う。
そのとおりだろう。
「比内鶏」の地鶏の燻製を騙されて美味しいと食べるのとは
意味合いが違うのでしょう。

ただ福祉・介護系で働くものの大半が
本物のブランド食品を食するだけの
基盤が整っているとは到底思えないのですが・・・・・

塩谷さんは
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
例のパソコン障害者と今次年度用印刷物の企画中です。

昨年はたまたま知り合いに「こんなん作るし・・・」と
簡単な説明文を添えた文書を配布して
知り合いからの受注と幾つかの企業より
新規に依頼を頂戴した。

早いものでもう1年が経過する。
といっても去年は思いつきでの設定でもあり12月から少しだけ。
実質は10ヵ月半が経過した勘定になる。

今年はそれなりに体裁を整え一般の企業の方々が見られても
「おぉっ〜」と感心して貰えるものを企画中。

それってなに?
昨年は企業やお店の顧客配布用のカレンダー

今年はカレンダーのバージョンアップ?と選択数のアップ
しかもです
年賀状の製作も加えました。

これら業務は全て例のパソコン障害者の仕事範囲であり
私も含め他の社員はそのお手伝い程度。

なぜか?
私などがかた代わりできない分野だから・・・・・
良い意味でヘルパーは口でできても年賀状などは出来ない。
自分の年賀状も四苦八苦する者に
そんなこと出来っこないのは自明の理。


またそんなことしてどれだけ売上に効果があるのか?
業績全体からみれば数字にはならないほど・・・
これが授産所であれば利用者の工賃の重要な一部にはなるが
企業となるとそんなことにはならないのです。

でもこれが障害者が自分の手で作る
直接の売上数字になることに意義があるのです。
当社の障害者もまた企業の後方支援が中心で
直接自分たちで売上数字を作ることはないが
この分野は彼らの独壇場。

私は目に見える売上数字ではなく
皆が力を合わせて作り上げることに意義があると考えている。
そういう姿勢がその売上数字の何倍にもなって
企業に帰ってくると確信している。

従って「京都市内のどこよりも安い金額設定をしよう」と
彼らに激を飛ばした。
ただ見方を変えれば良いものであれば
それだけの価格設定をする方がスジではないかと云う声も聞こえそう。
それはそのときはまた検討しなおせば良い。

できれば今月中に企画会議を終え
出来るだけ早く私たちがターゲットと定めた顧客に
案内していきたい。
顧客層は介護タクシーをご利用頂く高齢者ご夫妻などかと
彼らとともに内々で話し合っているのですが・・・・・

みなさんも一度当社にこれら発注の件で
お問い合わせいただけませんか?
例のパソコン障害者が「一生懸命ご説明いたします」
「損はさせません」と自信に満ちた声で語っています。

ビーオブエスの職員は
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
私は本来出勤時には障害者も多く乗せられる車を利用しているが
ほぼ毎日朝のガイヘルがあり
住まいから比較的近い私が担当しており
そのときは車で出勤できない。

従ってそういう日の帰りは地下鉄と市バスになる。
最近は結構多い。
退屈なので仕方なく中吊広告などに目がいってしまう。

週刊誌の見出しを見ていると
自然と想像があらぬ方向に膨らんでくる。
「週間現代」と「週間ポスト」はほとほとライバル誌なのでしょう。
見るからにまゆつばものの記事だろうと思われるものから
一度読んでみたいと思わせるものまでいろいろ。

ひととおり読み終わると広告が切り替わるまで2度と見ない。
JRに乗ると石見銀山の世界遺跡ツアーなどの広告と
谷村新司を使った岡山県の宣伝がやたらと多い。
これが地下鉄になると華やかな広告はほとんどない。

そんななか
大学の広告がやたらと目に付く。

結婚が遅かった(私自身も遅かったが)友人が
子どもの大学受験で悩んでいた。
私は「そらそうでしょう」とは間違っても云えない。

私は高校を卒業したら自分で進路を決めれば良いと考えていたので
大学受験には本当に関心がなかった。
自分で決めて自分で行った子どもたちは正直なところ拍手ものである。

中吊りで大学の広告や大学院の募集などなど
コンコースには各大学共同のオープンスクールの案内まで
多種多様なPRばかり・・・

その中の広告によると
また大学の附属中学校・高校が来春オープンするらしい。
京都産業大学の付属校。
ここ暫くは同志社や立命館が小学校を新設した。
凄い人気らしいが

大学より金がかかる。
なんで?と思ってしまう。
こんなことは興味のないものには他人ことであるが

でも彼はずっと悩んでいる。
ここはこうらしい・あそこは英語が難しいので辞めさせたほうが・・・
「おまえが受けるんかい?」と云ってやりたい。

「これも親の義務や!」という彼に
そう考えるのはしんどいだろうナと同情こそすれ
私とは考え方が違うので・・・・・それ以上は突っ込まない。

こういう仕事をしていると
「人間らしく生きる」ことの追及が大事と田村会長はよく云うが
本当にそのとおり。
私も30年以上前には良い学校に入りたくてちょっとは頑張ったが・・・
30年も経てば考え方も真反対になることもある。

そしてもっと大切なものがあることも知った。
「そういうことを経験したから云えるのだ」と彼から決め付けられてしまうので
こういう議論はいつも平行線になり
私はおもしろくない。

まあ彼も無駄に頑張ればいいのかな。
今日も中吊り広告を見てつい思ってしまった。

塩谷さんは
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
1年前にも書いた「収穫祭=芋掘り会」が本日あった。
これは中小企業家同友会の障害者問題委員会の
交流部門の取り組みのひとつである。

障害者と一緒に春に芋苗を植え
その後1ヶ月半単位で参加できる多くのものが草抜きに出向き
8月には草抜きを兼ねたボーリング大会なども実施し
そして加わるもの全員で「収穫祭=芋掘り会」となった。

芋がどういう形で実っているかは大体知っているが
私たちの中でもさつま芋がどのように成長していくかを知る者は少ない。
つるが大きくなる様と芋が太る時期は一致していないことなども学んだ。

過去から毎年ひとつの作業所と交流をし
その施設の悩みや利用者・そのご家族と話をしながら
裏に隠れている家族の思いやその他様々なこを
共有していこうというのがこの企画の発端。

でも最近は幾つかの授産施設が例年の行事としてスケジュール化され
そこに新たなところが加わり
大変な人数になってきた。

でも例年のところも利用者どおしでお互い元気確認などもやる
そういうことは知的障害者どおしでは本来まれであり
このことだけでも毎年参加する者の進歩の跡が伺われる。

・・・・・ということで
今年は利用者60名程度・同友会会員10数社で
総数70名を悠に超えてしまった

問題はないとは云いつつも
個人とゆっくりまた施設職員の悩みなども喋り合うこともできない。
会場は同じ会員の工務店の木材作業場倉庫とその前庭部分。
建築改修現場から回収してきた材料が所狭しと置いてあり
それをブルーシートで隠しているので
多少汚れても大丈夫な場所

会員からこんな場を無償で借りれるから同友会は凄い。
もうひとりつわものがいる。
本日の食材調達担当。
70人が食べても食べても出てくる。

各作業所には大食いが必ずいるが
1名は「こちそうさん」
もう1名はまだ食べたそうであったが
帰りの送迎とのことで後ろ髪を引かれる思いで
会場をあとにした。

食材担当者のからくりには会員になっている肉屋から
安い仕入れ日のはがきがくるそうな・・・
それが昨日であり昨日を待って買ってきたとのこと。
10%以上はは安いのでその費用分を肉の増量に当てたとのこと。
2〜3キロは増えた勘定になる。

買い方により同じ金額でも随分効果的に演出できるもの。
また多くの会員の力が整わないと
こういうイベントは開けない。

私は障害者のために多くの社長さんたちがボランティア活動で
少ない休みもつぶして参加されるのに感動を覚える。
「なぜそこまでやるの」とよく聞かれるが
そういう場を経験しないとわからないと常々思っています。

中小企業家同友会の社長さんたちは
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
世の中不景気になってくると
企業の利潤追求のためにいろいろな不正が横行する。
これを自己防衛というにはちょっとスジが通らない。

介護業界でも同じ。
もう4ヶ月ほど前になるが
あのコムスン事件も究極は利益維持のための不正操作。

もう既に忘れ去られ全国あれだけの要介護認定者も
受け入れ先が都道府県ごとに分割され
表面上は一般から忘れ去られた感があるが

本質はいろんな問題を抱えたまま何の解決策もないのだが・・・・・

かたや
食品業界は賞味期限や消費期限があり
他の業界よりは厳しい。
これは健康に関することであり
厳しく対応して当然ということか?

でも考えようによってはファッション業界も同様。
流行おくれの商品は消費期限が過ぎたも同じで
見向きもされなくなる。

そんななかまたまたやりましたナ 「赤福」が。
ひとつずつ小出しにしていくからことが大きくなる。
これら経営陣は同様の事件に少しも学ぼうとはしないのかナ。

今回は最初に冷凍保存で再出荷時にその日からが賞味期限。
再発覚は売れ残りの回収品をいろんな場所の自社工場で
餅とあんこを分離し各々別の用途に再利用と
「していません」ということがひとつずつはげていく。

おそらく昔であればやばかったかもしれないが
今は冷凍技術も進みこんな程度は問題ないと社員は思うのでしょう。
また事実はその通りなのでしょう。

だったら再生品として価格を下げて売るべし。
「なんでこの赤福こんなに安いんやろ?」
「賞味期限切れ・でも当社の技術をもってすれば大丈夫です。
また解凍後の赤福!! 70%引き 絶対お得で〜す」なんてネ。

この前は「白い恋人」がほぼ同じようにして大問題となった。
どちらもお土産の双璧。
それだけ安心感があるのに裏切った罪はやはり重い。

赤も白も同罪とすると
「紅白うそ合戦」も組めそう。
この2社をキャプテンとして
赤組にはペコちゃんの不二家
白組には昔の大物雪印食品
その後国産牛買取に関し日本食品
日本ハムやハンナンなどもあった。
なんとなく男っぽい感じでミートポープなど
加ト吉なんかも問題になりかけたし入れてやろう。

参加したいものを募れば
私たちが知らないだけで自薦や他薦がおそらくいっぱいいるはず。
でもこれらは全て内部告発であり
それを考えると「紅白社内告発大合戦」が正しいか。

振り返って私たちの業務に置き換えてみると
非常に深刻である。
介護業界の不正受給は
資格のない職員に対して有資格者のようにしてその額を請求する手口や
施設などでは職員を水増しして請求するから不正に受給したという罪・
コムスンや他に指定取り消しを受けた先はほとんどそうであった。

でも在宅介護などで利用者さんと組めば
不正時間需給も出来るし
それを規制しても当事者間しかわからない。
この手口はある種賞味期限改ざん事件と似かよっている。

これが出来る背景は組織関与がないと絶対に出来ない。
それを規制するのは企業モラルしかない。
私たちは間違ってもしません。
ほぼ全ての同業者も全く同じです。

でもこのままの報酬額では将来的に悪に走る先が
出て来ないと云える保証がないのも事実なのか。

ビーオブエスの職員は
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。



消費期限
定められた方法により保存した場合、腐敗、変敗その他の品質の劣化に伴い安全性を欠くおそれがないと認められる期限を示す年月日。


賞味期限
定められた方法により保存した場合、期待される全ての品質の保持が十分に可能であると認められる期限を示す年月日。ただし、当該期限を超えた場合でも、これらの品質が保持されていることがあるものとする。

障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
「最近人の名前の忘れがひどくなってきた」
と自分自身でも感ずるときも多い。

先日も普段いつも喋っている方の名前が
急に出なくなり
考えれば考えるほどその方から最終的に遠い名前が頭をよぎる。
本来の名前を山田さんとすれば
山口さん・山下さん・上田さん・下田さんなどがでて
「違うナァ!! なんやったっけ・・・」
終いには沢尻サンや長澤サンなど
全く関係のない名前が出てきて「もぉぅ〜」となるのです。

この前もその方を目の前にして
最後まで名前が出ず呼びかけるのに
「おうじょうしまっせ」
本当は冗談など云えるはずもなくずぅっ〜と悩んでいた。

こんな経験は誰にでもありますよネ。

また私は黒のB5版のデスクノートを持ち歩いている。
そこに面会予定などを相手先の名前を入れる習慣がついている。
書かれていれば抜かすことはないのだが・・・

そこに名前を入れても相手は大丈夫。
「デスノート」ではありませんので・・・・・

先ほど約束した人の名前が誰だっけ?
約束日が今週の金曜日だったか来週だったのかなど
1時間後くらいに記入しようと思ってもでてこない。

困ってしまうことも極々たまにある。

他に困ってしまうことのひとつに
「電話をかけナあかんかった・・・」とハタと気付くが
相手の名前がでてこないとき。

携帯電話には400件程度の電話番号が入っているが
先方の名前が出てこないときは悲惨である。
これだっただろうと行をずっと見てもない。

以前もありしなたなく女房殿に電話し
「あの人誰やったっけ?」
「あの人ではわからへん」「どこの人」
「あの人やン ○○○○の人」
「▽▽▽さんのこと」
「何で覚えてンの」
「なんのことかようわからへんけどあほっちゃう」でガチャン。
「そうや▽▽▽さん」やったと一安心。

こんな経験ありませんか?

人の名前が急に出なくなることはたまにあるが
それ以外のことは今のところ大丈夫。
「最近たまにそれ以外の物忘れも若干あるにはあるが・・・」
と云ってたら
それ予兆やでとある友人がノタマッタ。

でも一般業務のことはまだ確か!!
引っかかるのはほとんど名前だけ。
あと10年もしたら何もかも忘れてしまえばしゃれにならないし
つらいだろうな。

でもアルツハイマー系や脳障害系で認知症的になるのは
遺伝?!
わが家の家系では足腰は弱るがボケないようです。

先例を作るのもいやだし・・・

でも上記のうちには最近あったことも事実なのです。

塩谷さんは
なんやかんや云いながらも
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
最近ある視覚障害者の方の在宅介護を担当している。

視覚障害者の方用のヘルパーには専門性はあるが
これは移動時など外出時のみで
在宅介護は通常のヘルパー資格で問題はない。

でも視覚障害者の方用の講習を受けていれば
基本的なことが解るので
何かあったときのとっさの判断は出来やすいと思われる。

視覚障害者のガイドヘルパー講習は
短期ながら私たちの想像を越えることを学べる。
・・・・・ということは
私たちは常に視覚からの情報によってまず安心を得る。

通常はそこから全てが始まるのだが
視覚障害者はその感覚がまずない。

だからヘルパーが全てその視覚部分をフォローするのだが
安心感を持っていただくことが全てであろう。

安心してもらうことは委ねてもらうこと。
委ねてもらえることが次の動作に移って良いという証。
その媒体となるのが言葉です。

家事援助をしているときは
その方の身体に直接触れることはない。
掃除・洗濯・食事造りなどは家事援助の基本であり
私も利用者宅に入れば当然する。
そんなときも言葉は大切な伝達媒体です。

しながらその内容を説明する。
逆に云えば作業内容を話し掛けながらするのです。
そうすることにより今何がどうなっているのか
次にどうなるのかを理解してもらえるのです。

ただむやみに喋りすぎることもまた考えもの。
自分自身でハッとするときもたまにある。

これが身体介護や外出介護になると手引き行為がないと動けない。
それ様に別の資格が必要になるのです。
これが視覚障害者ガイドヘルパー資格(正式な名称ではない)です。

歩きながら周りの状況を説明したり
歩行スペースの変化などについて的確な指示を与えないと
本当に立ち止まられるケースも多い。

移動時には私の肘に相手の手を当ててもらって歩くのが基本だが
相手の様子が全て伝わるから不思議です。
こちらが中途半端な指示しか出せなかったときなど
相手の不安が伝わる。

また車の音にも敏感。
路上で車の音がしたら私たちも目をつむっていればビクッとする。
そんなとき私は「私が車道側にいますので大丈夫ですよ」
この一言で私の肘に安堵感が伝わるのがよく分かります。

こういうことも全て言葉による伝達。
ただ部屋の中ではこんなことをいちいちやっちゃおれないし
また日ごろの経験からひとつづつ説明する必要もない。

ただ私がいつも心がけいることふたつある。
ひとつは声掛け確認。
ひとつづつ声を出して「台所ガス消した・風呂の電気消した・
吐き出しの戸締りOK・・・・・・・これで良し」などです。

そしてもうひとつは買い物をひとつづつ確認することと
置いた場所の確認を聞こえるようにする。
これは私が帰る前にもう一度自分への確認と
相手に理解してもらうためにも必ずすることにしている。

もし自分が見えなかったらこうであれば良いなぁということを
淡々としているのです。

今日もそのようにしてきました。

ビーオブエスの職員は
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
NHKのクローズアップ現代がハニカミ王子の特別番組を組んでいた。
今回予選落ちした背景にも言及していたが
世界で戦えるゴルファーを育成していこうと
海外でも負けない難コースを作るものとそこを攻める選手の真剣な
せめぎ合いがそこにあったという。

ハニカミ王子もそこに大変苦労したが
一緒に回った小学生時代に指導してもらったことのある中島常幸に対して
「あの方には言いしれぬオーラがあります」と大先輩を称える姿勢。
ここらが最も受けるのでしょう。
また非常に上品な顔としぐさと喋り方。

これと全く対照的なのが亀田一家だ。
今日 係わった本人亀田大毅選手には1年間のライセンス停止。
この他この試合のセコンドについた父親の亀田史郎氏には
無期限のセコンドライセンス停止。
同じくセコンドについた兄の亀田興毅選手には厳重戒告
協栄ジムの金平桂一郎会長にはクラブオーナーライセンスの3か月停止の
処分を科した。

なぜ16歳と18歳の同世代の優秀なスポーツマンにして
これだけの差がついてしまったのか?
今日の番組でハニカミ王子は100年に1度の逸材と全員が云う。
一方もうひとりは最強の3兄弟で
これ以上強いボクサーはないと思われていたのに
あのOK牧場・ガッツ石松は
この程度の選手は国内にもいっぱいいると云いきる。

狭い一家の中で自分たちの論理のみで生きてきた
亀田一家がどこで狂ってしまったのか?

ひとつはTBSの姿勢だろう。
確かに親父の独自の指導法には当初皆が拍手を送った。
ただし「常識はないガキ共だな」と皆思ったが
TBSはあのみのもんたでも「若いっていいね」「元気があって」
など家族の言動にも何もいわなかった。
やくみつるが常識のなさに言及したことに対しても
報道機関はひややかな報道のみであった。

一躍脚光を浴び舞い上がってしまった亀田親子は最大の「あほ」だが
舞い上がらせた側も責任の一端はあろう。

でも常識のなさはそのものの感性による。
あまりにもひどいのも彼らたちの感性か。
年かさのしかも世界チャンピオンをゴキブリと挑発し
18歳が20歳が「ないとう」と呼び捨てにすることにも
止めることなく助長するトレーナーの父親。
それどころか威嚇さえする姿勢はヤクザそのものか。

これが真剣にスポーツする者の姿勢なのか?と
やっと一般の常識人は思ったのだろう。

ある者が云ったが「ヒールは強くなければダメ・あの程度では・・・」
ガッツ石松のあの程度の実力は国内でもごろごろいると言う話は
亀田一家をじわじわ追い詰めたのだろうか。

WBCフライ級チャンピオンの内藤大助(宮田)が
この反則問題で日本ボクシングコミッション(JBC)に対して再発防止を要望した。
処分については「JBCが決めること。全部任せる。
甘いとか厳しいとかは思わない。もう済んだこと。
これで終わりにしたい」と裁定そのものには言及せず。
自身は次戦に目を向けていく意向を示した。

もういいではないかと
今回の問題が大きな騒動になったことについて
「がっかりしている。こんなことで注目されるのは嫌。
これで有名になっても残念なだけ」とへきえきした様子。
亀田側に対しては「これからは恨みっこなしで笑って過ごしたい」

やはり倍近い年齢のなせる業か。
これが逆の形になっていたら亀田一家がボクシング界を席巻しただろう。
でもやはり正しく戦ったものが勝つのがスポーツの原点。

スポーツマンシップとはスポーツの常識のということである。

塩谷さんは
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
昨日のその後の続きを短く

夕食を作る女房殿から「今日祭やってるよ」と。
もうそんな時期になったんだ。

春日祭といって
「春日神社奉賛会」主催の無病息災・五穀豊穣を祈る秋祭りです。

毎年10月第二土曜日・日曜日の両日にわたって盛大に挙行される春日祭。
神輿の拝殿回りや春日祭列など京都でも屈指のにぎやかなお祭。
春日通に並ぶ露店も夜遅くまで賑やかです。

私の住まいの近くにある西院 春日神社は
病気平癒・厄除け・交通旅行安全祈願の神社。
無病息災・五穀豊穣を祈る秋祭りが土日に行われる。

子どもたちがまだ小学校の低学年のころに
家族で楽しみにしていた祭です。
夜に家族全員で屋台に繰り出し翌日は神輿も見たような気がする。

病気平癒・災難厄除の大神として京都では有名な神社です。
平安離宮 淳和院鎮護の社として
淳和天皇の皇女、崇子内親王が疱瘡(ほうそう)に悩まれた時
神前の霊石が疱瘡を生じ内親王の悩みに代わりました。
以来 皇室より病気平癒・無病息災の守り神と崇められ、

平成13年1月25日には祈願をかけたといわれる疱瘡石が
戦前から行方不明であったが職員の努力で見つかった。

境内社の還来(もどろき)神社は
旅行安全・還来成就の守り神であり春日神社もそうなったのだろう。  
昔淳和院が火災となり正子内親王は火難を避けるため松院逃れられたが
その後 洞裏院に無事還御され「洞裏院が類焼を免れ
無事還り来るは是れまったく神の加護である」ということになつた。
その後世還来の大神と称えられ現今旅行の安全を祈る
「還来信仰」として崇敬する人が後をたたないということのようです。


こんな賑やかな秋祭にももうわが子の姿はない。
以前も書いたが祇園祭にも子どもの姿はなかった。
長い人生の中で子どもとお祭に行く回数は
はたして何回くらいあるだろうか?

わが家では数年だったと記憶している。
1年間で4〜5回の祭やイベントで4〜5年間一緒に行けたとして
親と一緒には・・・経ったの20回程度か。

仕方なく女房殿と昔を懐かしみながら
「前このあたりで○○○○やったなぁ」
「そのときお父さんは△△△△してたもんネ」
こんな会話をしながら露店の間を歩くのも
また楽しいものです。

塩谷さんは
今日は先週に続いて休暇日でした。
明日も元気です。
障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
午後から「いきいきハウジングリフォーム」という
京都市独自施策である障害者のご自宅を改修する
相談会が一定時期にありその担当者のひとりとして出席していた。
この制度については昨年の12/16と今年の2/15を参照してください。

この施策についてはビーオブエスのホームページ中の
住宅バリアフリー及びリンク集
内で一度チェックし
もし利用できる障害者のうちでご存知のない方がおられれば
案内などもして貰えればと思う。

相談会のあと次回にその方のご自宅を現地訪問する時間を決め
若干早く終わったため普段より早く家に帰ってきた。

今朝は新聞を読んでいる時間がなかったので目を通していて
「今日は四条通でトランジットモールの実験日だったんだ!」


「トランジットモール」とは
自動車の乗り入れを制限し、歩行者とバスや路面電車などの公共交通機関のみが通行できる一定の商業空間のこと。
中心市街地の活性化、道路交通環境の改善、公共交通サービスの向上等を目的に、欧米の都市では広く実施されている。
一般の車両通行を抑制することによって、高質な都市空間が実現でき、都市のイメージを高めたり、快適な歩行環境を形成できる。

また、歩行者天国と違い、公共交通機関とセットされることにより、
人々の移動範囲が飛躍的に広がるという特徴がある


日本では、浜松市、岡山市、金沢市、福井市などにおいて、交通社会実験的な取り組みが見られる。
しかし、日本での実践においては、車両通行の抑制による周辺道路の交通渋滞や、トランジットモール内を走行する公共交通と歩行者の安全面など、さまざまな問題が指摘されている。


この実験が昨年から京都でも始まっている。

私は以前に(今も会員のまま認定頂いている?)新型路面電車を
京都市内に呼び戻そうとの運動体・略称「今電会」に任意に参加していた。
この会がこの度発展的解消を遂げ
「京都・今出川通りにLRTの実現を推進する会(略称・新今電会)」に
組織再編された。
この会も本格的に市内の交通機関の再検討に対してその体制を
取り直したということであろう。

役所も任意の各種団体もみんなで良いあり方を検討しようとしている。
あの京都市役所もこの運動には結構積極的なのだ。

なぜこの積極性が障害者雇用分野にも出ないんでしょうか。
隣りの滋賀県などは行政と民間などが手を取り合って
議論を重ねて新しい形を創りあげてきたのに。
障害者雇用ではこの滋賀県方式が中心になりつつある。

政令指定都市のプライドが「滋賀県ごときに・・・・・」
間違ってもこんなつまらない感覚をお持ちではないでしょうネ。

本来は早く帰ったのでこのあとのことを書きたかったのだが
明日に回します。
今日は結構疲れたのか内容がバラバラ。
でも夜には再度外出しました。

塩谷さんは
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
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ここ2〜3日のブログ
「ビーオブエス福祉介護タクシー乗務日誌」はかなりおもしろい。
今日の「クラクションを鳴らさない優しい運転」には
私も共感しています。

「車の前に歩行者、自転車などが道路を塞ぐような
歩き方をしてる場合、あなたが乗務員だったらどうしますか?」

「クラクションは本来歩行者らにこちらの存在を知らせる為の装備です。
危険を回避する為、事故を未然に防ぐのにも使われていますし、
警笛の意味も含まれています。」とこのブログでは説明している。

全くそのとおりだと思う。

でも私は通常の場合は全くといっていいほど
クラクションは鳴らさない。
私はクラクションが警笛の道具でなく
挨拶の道具くらいにいつも思っている。

京都の街中の東西・南北の通などは非常に狭い。
特にそういうところでは間違っても鳴らさない。

だってそこは生活道路なんだから
本来はいろんな形で地元の人が使う道なのだ。
車は後から入ってきて
または抜け道として入ってきて早く行かなきゃって
クラクションを鳴らすのでしょう。

地元の運転手は○○のおじいちゃんが歩いてる
△△のおばあちゃんも歩いてるなどと見たときに
果たしてクラクションを鳴らすだろうか?

彼はクラクションを「歩行者らにこちらの存在を知らせる為の装備です」
と云っても鳴らさないだろう。
なぜか。
周りのことが解っているからである。

高速道路など自動車専用道路に人が歩くのはおかしいと誰しも思うが
子どもが遊ぶ狭い道路を走るときは
人が最優先なのだとの認識をもって欲しいと私は思っているのです。

『クラクションを鳴らさないやさしい運転』を
乗務員だけでなく全てのドライバーが日々心がけて欲しい。
今日のブログで特にそう思った。

ビーオブエスの職員は
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(ビーオブエス企業理念の冒頭)
10月に入り事務所の様子も変わってきた。
ひとつは職員が入れ替わった。

民間企業だから目的を持って退職していく者
言いかたを変えれば卒業していく社員もいれば
その方のあとを受けてもらうための採用もある。

先月から今月にかけて3名の社員を迎えた。
でも専任ヘルパーは1名のみ。
また残念ながら退職した専任ヘルパーもいる。
結局は+−0(ゼロ)!!

でも人が入れ替わると何となく雰囲気もかわってくるから
企業事務所というところは不思議です。

先日ある方と話していたら
「・・・・・塩谷さんと全く同じことを云われていました」と別の業種の方。
その方のお知り合いの医療系介護業務をされているところも
やはり深刻な人材不足らしい。
医療系でそうなら介護系はもっと厳しい。

でも当社はあと2名の女性ヘルパーを正職員として採用せねばならない。
現状ではここ半年余りで人員特に女性ヘルパーが減ったにも係わらず
報酬額は微々たる数字だが増えてきた。

しかしこの2ヶ月間の介護報酬は減少した。
1ヶ月の理由は入院やその他要素によることは理解しているが
もう1ヶ月は分析できない。
一人当たり僅かずつ下がってきているのだろう。

どの業界でも同じだが新陳代謝が上手くいかないと
前月と同じことをしているようでも数字は下がる。
私も民間企業人として随分辛酸をなめてきた。
当社のような中小・零細企業ではこういうことが
少しでも重なってくると命取りになる。

利用者を僅かでも増やす方法を
新しい刺激を注入する方法を
どうしても考えてゆかなければならない。

それを受け入れる感覚を新しい職員の方々にも持ってもらいたい。


他方私が独断で決めたにも係わらず
事務所内を禁煙にしたことについては異論を挟むものはいなかった。
これは以外であった。

ご多分に漏れず当社も他の介護事業所と同様
かなりのヘビースモーカーもいるが
その後事務所内に煙草の煙はない。

決めたことを全員で守り抜くという
こんな結束が私には嬉しくて仕方がない。


またタクシー分野も最近ストレッチャーなども増えてきた。
重なるときはストレッチャーが2回くらい続く。
また新しい移送の仕事も増えてきた。

併せて新規に評判を聞きつけ打診もあった。
実を結ぶかどうかは未定だが当社に新しいページを刻んだことは事実。

全てが良いほうに回転している訳ではないが
ひとつずつ枠が広がってきたことは嬉しい。

でもどんな状況でも売上が減じたらあかん。
経費は細かく作れば作るほど狂ったらあかん。
そんな思いで今月を迎えている。
そんな思いで第2四半期を迎えた。

ビーオブエスの職員は
今日も無事仕事を終えました。
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(ビーオブエス企業理念の冒頭)
最近コマーシャルが各局でいつも流れている
「1964 昭和タイムズ 39年」創刊号を購入した。
これだけのカラーページ数で創刊号の190円は安い。

39年は東京オリンピック・新幹線の開通・.そして平凡パンチの創刊 etc
私は中学生であった。
中学生時代の記憶はあまりないがこの3つはよく覚えている。

昨日も書いたが東京オリンピックは個人的になにか特別な思いもある。
実は東京オリンピックを見にいきそのときはまさに展覧試合のとき。
私たちは修学旅行で国立競技場にいたのだが。

聖火台の直ぐ横に陣取ったが競技自体は小さすぎてほとんど見えない。
当日正面スタンド前は80mハードルの決勝。
リッカーミシンの依田郁子がいつもの独特の前屈で準備していたのだろう。
メダルも期待されたが結果は5位入賞に留まった。

ここらの席の者は走っているらしいということしか味わえなかった。
でも日本の女子陸上競技史上スプリント種目での
入賞は未だかつてこの時の依田郁子のみである。
東京オリンピックから19年後の1983年自宅で自ら命を絶たれた。

東京オリンピックでの最も強烈な印象が実際に観戦したこと。
このときの聖火台前での写真が私にとって始めてのカラー写真だった。
いまから40年余り前・手札サイズ(今のL版)で当時150円も払った。

新幹線も開通したが
修学旅行は「きぼう」と「ひので」だった。
当時中学生が新幹線に乗れるなどとは誰一人思わなかった。
でも京都駅の八条口に改札口が出来たのは覚えている。

平凡パンチを私が見るようになったのは高校になってから。
66年にプレイボーイが創刊されて2誌が競い合うようになったあと。
ドキドキしながら友達から借りたものをソッと見ていた。
だって裸の女性(ビキニは着ていたナ)がグラビアに載っているんですヨ。

ウブな私には強烈な印象であった。
すでに両誌ともだいぶ以前(1988年ころ?)に一旦その役目を終えた。

友人のひとりは今もこれがあのときの平凡パンチ・プレイボーイなどと
懐かしがって汚くなったものを今も大事に残している。
彼の青春の証なのでしょう。

「ALWEYS三丁目の夕日」は東京タワーの完成だから33年。
まだこれより6年も前だ。
この画面も私には昭和の原風景。
映画の設定の「町の自動車工場」は子ども時代には懐かしい。
ものづくりの家庭に育ってない私にはこの生活の苦労より
自分にないものへの憧れ的なものもある。

特に京都の町はウエスにまみれて生活する工場はあまりない。
昔見た鋳物の街でキューポラ(鉄の溶解炉)が多く見られた
埼玉県川口市を舞台とした青春ドラマが
妙に頭に残っている。
吉永小百合の「キューポラのある街」に容易に感化された自分がいた。
そういうサユリストとともに育ってきたのがこの世代。

自分の育ってきたころを懐かしむのは・・・・・
私の子どもたちも今まで育ってきた環境を
あと3〜40年くらい先にどのように感じるのだろうか?

当時自分がなりたいと思っていたことと
今の仕事は全くかけ離れている。
自分にとってそれがどうかは今判断すべき時期ではない。

もっと違った人生もあれば
今が天職なのかもしれないし
あと10年もすれば自ずと結論が出ているのでしょうネ。

塩谷さんは
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
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(ビーオブエス企業理念の冒頭)
昼過ぎに事務所で「徒然なるままに」のブログを見たら
カウンターが 「011111」  と1が5つも並んでいた。
「スゴ〜イ! ネ ○○さん」と私のパソコンの師匠である
例のパソコン障害者を呼んでみたが今日は休みらしい。

そうなんだ。
今日は祝日。体育の日らしい。
ピンと来ない。
「体育の日」は10月10日やん。
東京オリンピック開催に「晴れの特異日」からこの日に決めたと聞く。


特異日(とくいび)とは
気象学的な理由は不明だが統計的に毎年その日には特定の天気が現われる傾向が強い日のこと。特異日は日本だけでなく外国でも認められており、英語ではSingularity(シンギュラリティ)と言うらしい。

日本(主に東京)の特異日の例
1月16日 - 晴れの特異日。
3月14日 - 晴れの特異日。
3月30日 - 雨の特異日。
4月6日 - 寒の戻りの特異日。
6月1日 - 晴れの特異日。
6月28日 - 雨の特異日。東京では53%の確率で雨が降る。
8月18日 - 猛暑の特異日。
9月17日 - 台風襲来の特異日。統計上、台風襲来の回数が多い。
9月26日 - 台風襲来の特異日。統計上、台風襲来の回数が多い。
10月10日 -晴れの特異日。
11月3日 - 晴れの特異日


実際は2000年以降から毎年10月第2月曜日に
体育の日は変更されている。
もう7年間も10月10日ではないのか。
でも私の感覚の中にはやはり東京オリンピック開催日が体育の日。
なにもハッピーマンデー法どおりに従う必要もないと思われる。

だからその後の「体育の日」は今日のように雨降りになるのだ。
その後「晴れた体育の日」はたった2回だけなんですよ!



また今日は市立体育館などで体育測定があったのだろうか?
私はこういうものには非常に弱い。
決して運動音痴ではないのだが。
昔はむしろ水泳などを含めスポーツは万能?だったが・・・

ただ体育測定は?
特に前屈は−15cmより曲がったためしはない。
幅跳びや垂直飛びなども完全にマイナス。
ボール投げなども最低だろう。
阪神のことなど云える立場にはない。

ただバランスだけは悪くないと思っている。
左右への方向移動には自信がありこれだけはいつも平均以上。
目をつむっての片足バランスなども悪くないが

昔からこの手の体育測定はいつも50歳台。
今やれば70歳くらいになっているだろう。

子どもも大きくなってしまったのでこういう機会もほとんどないが
一度自分の今の位置を知るためにやってもいいかなと思っている。

今度また学生時代の仲間と会う機会があるらしい。
久しぶりだから食って飲んでという生活から
こんな健康的なことをしてみるのもいいかな・・・

それでもおそらく私が一番若いから・・・・・?

塩谷さんは
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
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(ビーオブエス企業理念の冒頭)
久しぶりに完全休養日。
朝いつもの方に入ってないのでちょっと勘が狂う。

天気も良かったのでどこかへいきたい気持ちもあったが
女房殿が本日は大事なヘルパーがありその方の自宅前まで送った。
その後同じ四条通りを祇園方面に向かい以前から頼まれていたが
立ち寄る時間がなかった京都らしいものを買いに行った。

既にお金もお預かりし2ヶ月は経つか?
気にはなっていたのです。

「原了郭の黒七味」
を買って欲しいとのご依頼でお金までお預かりした。
以前は東京のデパートでも売っていたらしいが
最近なくなり困っているとのこと。
私自身はここの「黒七味」を食したこともなく理解しがたい。

これについてある人に云わすと「塩谷さんも通ですネ」と・・・
そういう商品のようです。
『ほんまもんの京都のだいどころを伝えていく』
「京都が好き」というホームページによると



商品は全て、「かおり」が命です。
そのために手間をかけ、ていねいに製造しています。
「かおり」が生きている間に御召し上がり下さい。
常温で二ヶ月くらいが目安です。ということらしい。

内容量はわずか7g
原材料は唐辛子、山椒の実、白ゴマ、黒ゴマ、けしの実、麻の実、青のり

厳選した7種類の材料を合わすだけでなく、
それぞれの素材を生かすよう手間をかけた手作りの品です。
他の七味とはその香りが違いますので、是非ご賞味下さい。
うどん、そば、おでん等暖かいもの以外にも、
冷や奴、ポン酢に入れて鍋物に。鉄板焼きや
きんぴら等なんにでも合います。


こんなものがあることを知りませんでした・
歴史も非常に古いらしい。
同じく「京都が好き」によると


赤穂義士原惣右衛門元辰の末裔の原家は惣右衛門の一子
儀左衛門道喜(後剃髪して了郭と号す)が初代了郭として
名のり当時の漢方の名医山脇東洋先生の処方による香煎を
この地において商い爾来、家業として専念し
一子相伝を守り今日に至ります。

創業元禄十六年(1704)、一子相伝で守り続ける製法をもとに、
現13代目が一人で全行程手作業にて製造しています。
その為、大量生産は絶対にできません。

材料のことを考え、仕事場に冷暖房器具を一切置かず、
季節や天候にあわせて作り方を調整するので納品日数の猶予を頂いています。
原料、製法は秘伝の為すべてを明かす事はできませんが、
五感を働かせ納得のいくものを選び、「心」を持って造っています。
もちろん「無添加」ですので安心して御召し上がりください。
長い時代を経てご愛用され続けているのは、
それがゆえだと思っております。



私の友人に今もまだ京都に来るたびにある有名店で
毎回「ちりめん山椒」を購入して帰るものがいます。

また冬には「千枚漬」や「すぐき」などをいつも買う友人もいます。
京都はそんな土地柄なのですネ。

でも私にはほとんど関係ないですネ。

塩谷さんは
今日はゆっくりとした日を過ごしました。
明日も元気です。
障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
昨日は中小企業が障害者雇用の中心であることを述べ
その理由として「熱い」心があることを述べたが
いささか言葉足らず。

「熱い」とは

内田社長のように「おおざっぱでアバウト」などと
個人が勝手に自分なりの修飾詞をつけたがるが
基本的には

優しいこと。
全てに気配りができていること。
当事者を誰よりも良く知っていること。
そしてなによりも情熱が人一倍あることです。
と記した。

ただ一般的に優しかったら良いというものでもない。
「優しい」はその障害者個人にではなく
「人」全てのことを理解する優しさのことを云っているつもり。

最初は「その障害者個人に」・そこから「社員全般に」・になり
さらに「全ての人はみな同じやん!」という過程があるはずです。
中小企業のおっちゃん・おばさんだからワンマンな者も多い。
経営にはワンマンでも
人に対する優しさは本来別のものです。

以前中小企業の経営者には驕りがないと云ったが
正確に言うと驕りはないがワンマンさはあるだろう。
それを混同することが間違いのもとだと思っています。

あまりフォローにもなってないようですが一度考えてみてください。

昨夜ある社員からこのままでは健康を害するとの連絡を受けた。
やっぱり煙草か? 案の定
ヘビースモーカーと思われている(と云っても1日1箱だけなんですが)私でも
マスクをし目をしょぼしょぼさせる者をまえに
「このままで良いでしょう」とは云えません。

今朝 【事務所内 全面「禁煙」】の張り紙をアチコチに張り
併せて下記の書面を作り緊急回覧をした。




〈緊急回覧〉〈緊急提言〉

喫煙により健康を害する社員がでてきたことは、ゆゆしき状況であります。
社員一同は健康について、職務がら人一倍関心を持つ事項であることも
ご理解ください。

私たち喫煙者の権利は当然あります。が他方禁煙者と共存するには、
煙が室内に充満しない方策をとる以外にはありません。

そこで本日より、館内を全面「禁煙」として徹底します。

喫煙社員については、世間一般の流れのとおり、
事務所入り口前に灰皿を用意し、「喫煙指定場所」と定め、
今回植えた草花を見ながら十分に喫煙を満喫してください。

(但し、来客がどうしてもと云えばその限りにあらず)
(またゆうりんの家事務所内は隔離されているため、
アクリル板が入った時点で、指定を解除します。
ただ狭い場所でありすごく煙ることをご承知のうえ)
2005.10.6   取締役社長 塩谷隆好



以前も何度かこういう話が当社でもあり他社でも当然出る。
私のへんこさゆえまた自分なりの信念もあり抹殺してきたが
健康を害するものがごく身近にいれば
その対応を真剣に考え処していくのが当たり前。

これは先ほどの「優しさ」というものとは
全く違う別次元のこととしてご理解下さい。

「優しさ」とはこんなことを言うのではりません。

ビーオブエスの職員は
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
いよいよこの前の宮崎の総括から・・・
2日目の全体会が終わりふたつの障害者雇用の現場を見学させて頂いた。

最初の訪問は今回の報告者である岩下さんが
社福として精神障害者の方々の就労の場を提供されている
日本訳すれば「回廊」と云う名のお店。

設えは素晴らしい。
さすが行政が造った公共施設内にあると一堂感心しきり。

でもどんな良い建物施設でも魂の入らないものは直ぐ見破られる。
ここは違いました。
「運営者が熱い」と云ってしまえばそれに尽きます

「熱い」とは

優しいこと。
全てに気配りができていること。
当事者を誰よりも良く知っていること。
そしてなによりも情熱が人一倍あることです。


精神障害者に話を促すのに優しく肩に手を触れながら話しかける姿に
知らない自分自身が情けないがまず感動を覚えます。
おそらくこの方はこの質問には的確に答えられるのか
詰まったときにどういう手を差し伸べる必要があるのかなど
熟知されている結果なのでしょう。

こういう方が傍にいるだけで回復期の方々は安心なのでしょう。
多くの働く精神障害者からも直接意見交換をした。
でも精神障害者でも身体障害者でもましてや知的障害者でも
働く・遊ぶ・楽しむなど人間的なものは同じです。

ただその方に合わせて場を設える環境を整えられるかです。
文化ホールの奥まったところに隣接しているため
普段はあることもよく理解されない場所ですと云われるが
催し物などがあるとビックリするくらいの集客があるらしい。

「そういうときと少ないときとどっちが良い?」
「それはもうお客さんが一杯のとき」
「しんどくない?」
「疲れるけど遣り甲斐があります」とはっきり云えるのは
ここの代表者が常々そういうご指導をされている結果なのでしょう。

一般の人には精神障害者が働いている場所とはなかなか理解できないが
そんなこと分ろうとわかろまいと就労する側には本来関係がありません。.
働く機会を十分提供できることが
次に繋がっていくのでしょう。

もうひとつは
中小企業家同友会の障害者問題全国委員長になられた
宮崎県の洋菓子の最大チェーン店「ゴローズ」の内田社長の工場見学。
「私はおおざっぱでアバウトです」
この社長は口癖のようにいつも云われる。
まあ体格をみるとさもありなんと信じてしまいそうだが。

実際に6名の知的や精神の障害者を採用しておられる。
ここでも多くの話を伺ったが
社長の思いは先ほど訪問した精神障害者の就労企業と全く同じ。

岩下さんと同じくやはり非常に熱いものが感じられる。

優しいこと。
全てに気配りができていること。
当事者を誰よりも良く知っていること。
そしてなによりも情熱が人一倍あることです。
そこにおおざっぱでアバウトがつくのです。


このアバウトさは仕事に対してのことではなく
個人生活での個人がなりたいと感じておられることか?

話しいていても実によくひとりづつを熟知しておられる。
この子は今ここまで出来て次はこれ・・・・などと・・・
「なあ ○○さんはよう頑張ったな。ちょっとここが・・・」
「・・・・・ほんなこつないよなあ。
でもあなたは頑張った。社長は頼りないし・・・」

「○○ちゅんは何がしたいと?」おそらく自分なりに
応えがこうなると予想されていたのだろうが
「次は発注も担当してみたい」と約10年働いているものが云った。
そうか! 
おそらく次回お会いしたら彼女は発注も担当しているのでしょう。

そういう風土のある企業です。
一緒におられた焼き菓子担当の責任者もニコニコとフォローされながら
障害者と社長をうまく繋いでいる。

社長はアバウトだからと云いながら
任せるべきところを任す姿勢が徹底している。
これが私には勉強になった。

また内田社長が当社に来てくれと要請され
「私は従業員の側につきます」と云われたNO2の方にも会えた。
どこかの企業を参考にしていくなら
「ゴローズ」の経営の仕方は私にはいろんなことを見せてくれた。

この2つの現場訪問で得たものは
・熱いものがあるものが勝つ(本来は勝ち負けではないが)
・そこには深い愛情があり
・だから効率第一の民間にあっても
・余剰人員などない中小企業でもこそこういう成果が上がる。

大企業には深く愛情を注ぐ者は少ない。
所詮やとわれという概念があるから
思いを持っていても移動していかなければならない。
大企業にも熱い想いの社員もいるはずですが
生かしきれる人的環境が整備されていないのがもったいない。

私たち中小企業とはこのあたりがかなり違います。

中小企業家同友会の社長さんたちは
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
今日は非常に軽いがビックリネタをご紹介します。

ガイドヘルパー時に当社の社員が捕まったビックリから。
○○警察の警官や刑事に取り囲まれて事情聴取を受けたらしい。
かなりの人数の捜査員だったらしい・・・

でも本人はなんことかまったく理解していない。
それもそのはず。
通行人が不審者らしき者が子どもを無理やり連れ去ろうとしていると
警察に連絡したのがその発端。

本人も多くを語らないが
ガイドヘルパーとして私たちは日常多くの子どもさんとも接する。
中にはバス乗車などに駄々をこね鳴き出すもの
またもっとひどくなると鳴き叫ぶ場合もないとは云えない。

今日はそういうことではなく甘えてくるので抱っこしようとしたらしい。
それを通報されてしまったようだ。
ヘルパーであることを証明するヘルパー証はぶら下げてなかったらしいが

誘拐犯が市バスで逃走するなどあり得ますか?
あまりにも状況を読めない通行人ですヨネ。

とはいえ
何も分らないから何かあったら遅いと通報することも市民として大切なこと。
そう思わせた側にも責任の一端はありそうです。
じっくり事情を聞きながら今後に対する予防策を
取らねばと考えた次第です。

もうひとつのビックリ。

「空港送迎の件でお聞きしたいのですが・・・」という電話が入り
担当者がいろんなことを案内し
タクシーの予約状況を確認して再度お電話しますと云ったらしいが
「海外からなのでまた1時間くらいしてからかけます」とのことだった。

全く海外からと事務所内の者は誰も思わなかった。
昔のようにKDDを経由してなどのケースは今はなくなったの?
またお互いが当社のホームページを見合いながら話をしていた。

介護タクシー分野は車椅子の人数・その他の乗客数や
荷物の量またその他の希望などを確認してから
当社では配車を決めるシステムを取っている。

それをお互いがモニターを見ながらごく自然に話し合っており
まさか海外からなんて思わなかった。

そうなんだ。
当社のホームページも全世界で見ることができるんだ。
ということは当社も世界的企業?
そんなに甘くはありませんヨネ。

でも海外からネットで全世界に向け発信できるなんで
おっちゃん世代にはビックリ。
でも当社の福祉輸送事業部では貴重な経験になり
予約もされ売上数字にも貢献しました。

今日午前と午後にビックリが2件もあった一日でした。

ビーオブエスの職員は
今日も無事仕事を終えました。
明日も原義です。
障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
今日はある意味記念すべき日となった。
「ビーオブエス福祉介護タクシー乗務日誌」が今日から再開しました。
これはわがヒーオブエスの「福祉輸送事業部」の専用ブログです。

昨年の10月後半から全く更新なし。
別に何があったわけでもないのに・・・
書き手が当時サボっていてその後書きづらくなったのだろうか?
まあそんなこともないだろうが
やはり「伝えたい」という意思が少なかったのでしょう。

こうなると当事者同士ではなかなか進みきれないため
再開の最初はブログの先輩である私が書いちゃいました。
私たちの事業部毎の思いは今後十分伝わると思います。

以下本日の内容ですが
ぜひ読み終わられたら直接もう一度
「ビーオブエス福祉介護タクシー乗務日誌」を味わってください。



ブログを継続することは本当にしんどい。
でも継続されている多くのブログがあります。
こういうものは伝えたいことがしっかりとあり
また正しく伝えたい・理解して欲しいとの思いが感じられます。

「ビーオブエス福祉介護タクシー乗務日誌」も本来こうあるべきですネ。
一年前から今までにビーオブエスも当然いろいろありました。
担当乗務員も変更があり顧客もその後入れ替わったり・・・・・

同じ会社内であり私たちの会社に対する思いは一緒です。
「福祉移送事業部」の一員として
これからも安全第一の運行を心がけていきます。

・・・・ということで再開のはじめは

新しい乗務員について。

この夏よりベテランの介護タクシーの専門スタッフが仲間入り。
心強いかぎりです。


なぜって?
この乗務員は私たちが目指す「京都観光のお客様」にうってつけ。
京都検定の2級所持者なのです。


京都のことを全ての角度から良く知ったものに出す
商工会議所がはじめた検定です。

福井県丸岡町の「一筆啓上賞」の企画と同様
わが国では特筆すべき企画のひとつです。

このお陰で日本中に検定ブームが起こりました。
明石市の「たこ検定」なども結構人気がありますネ。
「富士山検定」など富士山を知り尽くす検定なども出来ていますヨネ。

彼の