200703

ここでは、 200703 に関する情報を紹介しています。
障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
3月31日で平成18年度が終わる。
凄い選挙などもあり
社会も大きく変化している。

郵政改革で障害者自立支援法が一般社会から吹っ飛んだ。
4月から始まった法律が確実に障害者など
収入のない貯えのない者にも負担を強いることになり
多くの混乱を招いた。

前の人は5年かけて社会に格差を定着させてしまった。
今の人も基本的には同じ路線を取ろうとしている。
このままでは格差社会がより広がることは否めない。
そんな平成18年度も今日で終了する。
明日からは新事業年度。

従来の「ゆうりんの家」ならそうなるはずであった。
しかし「ビーオブエス」は決算期が6月末日のため
4月からもあと四半期が残っている。

これって以前から3末を括りとしてきた私には
ちょっと戸惑う。
良いことも悪かったことも次の年度には・・・
ということがまだ当分ない。
まだ暫く続くのでゆうりんの家からの引継ぎが
中途半端にならないか士気の問題で戸惑う。

とにかく4月から実際は新しい事業年度が
始まったと思う。
そういう取り組みをしていかなければならない。
利用者にも外にも社内にも・・・

ビーオブエスの職員は
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
第16回の統一地方選挙前半戦が京都でも始まった。
最新の情報では
府議選が62名定員に対して前回より3名多い97名の立候補
自民27、共産28、公明6、その他22、民主は14
市議選が69名定員に対して前回より2名多い91名の立候補
自民25、共産23、公明12、その他10、民主は19
いつもの政党VS多くの候補者を今回出した民主の戦いか?
京都の政党地図を変えられるかが審判を受ける。

京都市内に住む私はいつも不思議に思うことがある。
政令指定都市でありながらなぜ京都市内11行政区に
府会議員まで必要なのだろうか?
市内の府会議員って同じような委員会を持っているのに
どこをどう分けて仕事をするのか理解できないのは私ひとり?

難しいことは別にして初めて気づいたことがある。
当たり前と云えばそうなんですが・・・
今朝8時からヘルパー活動があり戻ってくる途中で
選管ボードにポスターを貼っている一群がいた。
各候補者は選対事務所が個別に貼っていると今まで思っていたが
政党は複数の候補者ポスターをまとめて貼るんですネ。
「そらそうやワァ〜」しょうもないことで納得。

それにしても地方選挙はうるさい。
当社の事務所はメイン通りの一本横の筋であるが
それでも朝・昼また夕方と1日3回も
同じ候補者の宣伝カーがボリュウムいっぱいにして
名前の連呼。
他に回るとこないの?

取り残しのポスターもまだかなり貼ったまま。
公示後これは違反です。
分かった上で「すみません」といって
舌をぺろっと出せば通ると思ってそのままなのか?
はたまた適当に貼ってくださいといろんなルートで
お願いしまっくってどこに貼ってあるか分からないのか?

さすがに今は「◎◎に清き一票を・・・」と
云うような連呼はないが
終盤にはこういう表現がでてくるのも統一地方選挙ならでは?

私は障害者自立支援法に明確に反対する者に投票します。
4月8日の投票日は利用者とともにお花見の予定。
前もって不在者投票をします。
弱いものいじめの法律をごり押しするような
政党には天罰が下れば良いのですが・・・

塩谷さんは
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
障害者自立支援法になり
各施設も大変な時期であるが
歴史ある施設はそれなりに大きく
良い意味での威厳が漂っている。

滋賀県のびわこ学園は
重症心身障害児施設であり
第一びわこ学園と第二びわこ学園の2つの学園で
計2百名くらいの医療も要する方々の入所がある。

ここは糸賀一雄氏が昭和 21年11月戦後の混乱期の中で
池田太郎、田村一二両氏の懇請を受け
知的障害児等の入所・教育・医療を行う
「近江学園」を創設し、園長となったことに発する。
氏は大正 3年3月29日、鳥取市に生まれる。

昭和 13年3月、京都帝国大学文学部哲学科を卒業した後
昭和 15年1月、滋賀県庁に奉職し
秘書課長などを歴任されたらしい。

重度の障害児であっても
人間としての生命の展開を支えることが
重要であるとの理念のもとに
「この子ら世の光ではなく
「この子ら世の光と唱えた。

「に」「を」では根本的に意味が違う。
障害のある子どもたちに施しをするような考え方でなく、
障害のある子どもたちが地域で共に生きる世の中が普通である
数十年も前にこの考えを提唱された。

人間の新しい価値観の創造を目指した
人権尊重の福祉の取り組みを展開され
その精神は現在もなお
私もその末端に属するが
多くの福祉関係者に受け継がれている。

この地を訪れて改めて上記のことを感じた。

ビーオブエスの職員は
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
機関誌「ゆうりんの家 通信」で私たちは今回から
社外の方々に障害者とのつながりについて
自由に語っていただく企画を設けた。
私たちが感じなかったことを気づく機会も持てる
あつかましい企画でもある。

今回は京都中小企業家同友会の障害者問題委員会の
委員長でもある土井善子オーナーにお願いした。

同氏はレストラン経営者であり
原谷地区に障害者とともに運営するレストランも2年半前に立ち上げ
また本部店も場所がら視覚障害者や聴覚障害者などの
リピーターの多いレストランとしても有名である。

彼女は機関誌のなかで
“障害者って何だろうかな”と、ふと思うことがあります」
と云われています。
今の学生はものを知りません。
アルバイトにきていても本当に一から十まで
手取り足取り指導することも必要だと云います。

「彼女は学生も障害者も経験が不足しているから
できないことが沢山あるのでは・・・」とおっしゃいます。
どちらも経験をいっぱいすることで
地域社会の担い手になれるはずだとのお考えです。

私自身もこのことはおそらく当たっているだろうと思う。
学生は
私たち団塊の世代からは随分違った生活をする環境になってきました。
1世代ずつの生活が主流になり高齢者との接点が希薄になり
昔の良いものを継承できにくくなっている現状がある。
常識でも知識でも考え方でも人との接し方でも・・・

一方障害者は
以前は社会と接する機会がほとんどなかった。
最近でこそ外出できる機会も施策上持てるようになりつつあるが
まだこれらのことも踏まえて自分の力で収入を得るところまでの
社会的な認知にはいたっていない現状がある。

経験をいっぱいすることで学生にも知識に厚みが加わるように
障害者もいっぱい経験をつむことで地域社会の担い手に
なれる素養は十分にあるはずなのだが・・・
その経験を積む場の提供を私たちが作らなければと
彼女は思われているのである。

「障害者って何だろうかな」

本来は普通の健常者とさほど変わらない存在。
ただできないこともありその部分の応援や介助は必要でしょう。
普通でなく特別というふうに考えるからいろんな問題が起こるのです。
決して「構えてかかる必要などないんだ」と云う
楽な接し方をとってみてほしいものです。
彼女の文面から私はそう読みとったのですが
皆さんはどう思われますか?

中小企業家同友会の社長さんは
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
昨日京都もやっとサクラの開花宣言。
平年より6日早く 昨年からは2日早いとのこと。
「やっと」という雰囲気が漂っている。
ほとんど「普通じゃん」と云う声も聞いた。

・・・という訳で
表のサクラ情報を少しだけ。
1.太閤秀吉も絶賛したらしい
「醍醐の桜」はやはり見事と云うほかはない。

この花見を庶民のものにしたのがこの太閤さん。
これが今の隆盛の元になったらしい。
ここの桜は枝垂れの巨木が中心。
ソメイヨシノではないがピンクが鮮やか。
5〜6本も観れは大満足。
当然障害者は無料です。

2.桜といえば川沿い。
枝が川面すれすれに垂れ下がっている光景は
桜の醍醐味。
となると京都疏水は絶好の桜のポイント。
インクラインから京都会館までの疏水沿いは
先人が植えてくれた宝。
車で廻るのも歩いて廻ってもどちらでも良い。

3.同じ川沿いでも歩くのみのスポットは哲学の道。
結構不揃いな桜並木がいっそう趣を添える。
娘が近くの学校に通っていたがその卒業式で
この前で写真を撮った想い出も記憶にある。
静かな環境をご希望ならぜひここを訪れては・・・

4.加茂街道沿いも古木が立派でいかにも桜らしい桜並木。
ここは車で回るほうが風情があると思われるが。

これらは以前書いた天神川沿いとは全く違います。
ぜひご本人の目でなにが違うか体験してみてください。


5.同じ川沿いでも木屋町の高瀬川沿い。
昼間の桜と夜の桜は全く違う。
酒が入ると桜の色が濃くなる?
濃くなったように思える。
それが夜によく合うようだ。

また三条から四条までの光景と
四条から五条までの桜は同じソメイヨシノでも違う。
同じ桜でも周りの景色に同化するのが桜ということか。

6.お寺にも桜がよく似合う。
京都には古刹名刹が数多ある。
冬は雪を被った寺。そして春は桜に変わる。
清水寺はその代表格。
常照寺・高台寺・善峰寺なども
多くの桜の木があるわけではないが
独特の趣がある。
自分に合う桜はどんなのか探してみるには良い場所。

7.華やかなのは平安神宮や二条城の庭。
整備された桜が見たければ良い地。
でも私はあまり好きにはなれない。


この前の裏情報が4つくらいあり
今日が7つ。併せて十余り。
これ以上は咲いている期間には回れません。
一度騙されたと思ってどこかに訪ねてください。
行き方は自分で調べる。
これも調べるところからすでに始まっています。


塩谷さんは
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
以前に社会福祉士をとって旅立っていく社員のことを書いたが
彼女が今日の活動を最後に卒業していきます。
有形無形の財産を当事務所に残しての旅立ちです。

今日もふだんどおり
事務所で来所された方々のお世話をかいがいしくしていた。
ちらっと聞こえてくる会話は
「私が今度行くところも
障害者自立支援法はおかしいと云っとるよ。
▽▽サンも××さんもゆうりんの家で
反対の運動は続けていってね。
あちこちでそういう声を上げようね。
きっと大きな声になって届くと信じとうよ」
若干混じる方言ももう聞く機会もないだろう。
彼女がいつも担当してきた日曜日の利用者への最後の言葉。

彼女は「ゆうりんの家 通信」も担当し
数多くの機関誌の編集もしてきた。
今回その機関誌も完成しみなに届けた。
彼女の思いのこもった最後の通信はしばらくして
「ゆうりんの家」のホームページにリンクされます。 
ぜひ数日したら見てください。
新編集長と卒業式の様子もほんの少しだけ載せた。

また制度外で自費でも良いので
見守りやお手伝いして欲しいと直接お願いされ
ある病院に約1年ちょっと週3回程度通っていた。
彼女のやさしい対応その方にどう接したら気持ちが通じるか
など彼女なりの努力の日々も続いたのだろう。
そしてそれがご家族にも通じた。

私たちは喜んで送りだしてやろう。
田村理事長がよく云っていた
「どんなことにも熱心やな」
ただ多くの時間をここで過ごしたことを記憶に留めておいて・・・
できれば誇りにして欲しい。

ビーオブエスの職員は
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
ワイドショーを賑わしている話題に
高田・向井夫妻の子どもの件がある。
二人の卵子と精子を掛け合わせたので
できた子どもは当然二人の子である。

本来はそのはずであるが
出産に関して別の人の子宮を借りるいわゆる代理出産。
この子どもの母親をどちらに認めるべきか
わが国では最高裁まで争われた。

上級審にいく毎に判決が変わる。
それほど難しい問題であるようだ。
高裁ではアメリカがだした判断根拠をもとに認めた。
アメリカでも州によって対応が違うらしいが。

わが国は認めなかった。
賢明な或いは間違った判断だったかどうかは
近い将来が結論をだすだろう。
ただこれを安易に認めていくと
韓国では既に代理母の組織ができつつあるとも聞くし
また発展途上の国々に代理母が
数多く存在していくことになるかもしれない。

医学の進歩は明治の時代の考え方を
ベースにした法律には既に適さない。

でも ちょっと考えてとおかしなものですよね。
以前なら受精卵はあってもその他の原因で子どもができない
夫婦はいっぱいおられた。
子どもが欲しくて欲しくて仕方がない夫婦でも
あきらめざるを得なかった時代が続いた。

だから養子縁組みをし子どもとの関係を持った時代が
少し前まであった。
自分たちの子どもをとの思いも分からぬではないが
そういう歴史も考えておくのも意味深いことか思われる。

歴史に向かって一石を投じることは貴重であるが
だからといって現行法が誤っているとは一概に云えないのも事実。
こんなに正面きって正論で突っ張らなくとも
実際はアメリカでそっと代理母に
お願いしているケースもあると聞く。

私には3人の子どもがおり
こういう経験のことなど考えたこともないが
もしもを考えると
夫婦で別の生き方を探したのではないか?

ただ女房殿の思いはこの表現の中には一切入っていませんが・・・

塩谷さんは
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
この前はの裏情報をここに書いた。
世間一般に知られているの名所はまだまだ多い。
書こうかと思ったが開花時期に合わせます。
結局もう少し先のようですネ。
このお騒がせは一体なんだったのか?

・・・という訳で
障害者の芸術に関する協会のことをちょっとだけ。
この種の協会にはいろいろあるが

全国各地の福祉施設や作業所では
障害のある人たちの芸術文化活動が日々の営みとして
仕事としてまたは余暇活動(クラブ活動)として
広くおこなわれています。
訓練の一部としてこういう活動を取り入れているところも多い。

「障害者芸術文化協会」
1993年9月から12月にかけて
協会の前身団体である「障害者芸術文化ネットワーク準備委員会」は
「障害をもつ人たちの芸術文化活動に関する実態調査」を実施し
そこで大きく浮かび上がってきたのは
それぞれの活動をむすぶ横断的なネットワークの必要性であり
1994年6月3日これまで障害のある人たちの
芸術文化活動に携わってきた人々が協力し立ち上げた協会です。
障害のある人たちの表現活動を通じて
社会に新しい芸術観や価値観を創ってゆきたいとの願いがあります。

「口と足で描く芸術家協会」
協会の目的などはネットを参考にしていただいたら良い。

口と足で描く芸術家協会は2006年に
50周年の活動を成功裏に収めたらしい。
協会は事業として展覧会のネットワークを組織し
原画の販売の仲立ちをしこれらの作品を
絵葉書やカード、カレンダー、タオル、文房具などに
使用するために出版社を作り版権使用の交渉をします。
出版作品の販売を通して病や事故、先天的欠陥などに
より過酷に痛めつけられた人々の芸術的
また社会的な自己実現=自分の素質を十分に発揮すること
のお手伝いをされるようです。
これら口と足で描く芸術家が
磨いた才能によって生活の新生面を
再び開けるようにする決定的な援助を行うこと
それが協会が行う事業のすべての柱でもあるようです。

まだまだ「○○○○芸術関係の協会」は
あったと思うのですが覚えていません。

音楽の世界では
視覚障害のある新垣勉さんのような世界的なテノール歌手や
10本の指の半数もないピアニストなど
私たちの想像を超えた障害のある超人なども存在します。

一度展覧会や音楽界などに行かれたらいかがですか?

塩谷さんは
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
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(ビーオブエス企業理念の冒頭)
京都には21日と25日には毎月ある市が開かれる。
21日は弘法さん
25日は天神さん。

今日出勤の途中東寺の前に車がいっぱい止まっていた。
「そうや! 今日は弘法さんや」こんなことで気がつく。
道路沿いはまさに植木市。
大きな木を買えば植えに来てくれるのだろうか?

いつも車で通過するので境内の様子は分からない。
以前の記憶で止まったまま。
「がらくた市」と云えば言い過ぎか。
が この「がらくた市」はまた別の日に行われているらしい。

元々”縁日”とは神仏がこの世と”縁”を持つ日とされており
この日に参詣すると大きな功得があるという。
東寺では祖師空海入寂の3月21日を期して
毎月21日に御影堂で行われる御影供のことを指しています。
当初は年に1回行われていたものが
鎌倉期に入ってからは毎月行われるようになったようです。

人々が盛んに参詣に訪れるようになったので
江戸時代には茶店だけではなく
植木屋や薬屋なども出てくるようになり
これが現在の「弘法さん」の起源だと言われています。


話は変わるが
今から十数年前 元職の時代に東寺の境内に
ユニットハウスを納入したことがある。
1ユニットだけだから1トンちょっとくらい。
通常ユニック車で下ろせば終わりの重さだ。

それを東寺の内部にある土塀のかなに入れる。
しかも立派な松の枝振りの向こう側に納入する。
土塀にはまた立派な○○門なる国宝の門構えがある。
大胆にもそれを飛び越えて納入するのである。

「門を壊したら刑務所行きですよ」と脅された。
なんたら毀損と云うらしい。
そのときは正直業者がびびってしまい私はなだめ役。
さすがに門の真上は避けた。
東寺の坊さんもそれは許さないと云われたが
云われなくとも避けますよ。

納入の日はいつもと違うことが2つあった。
ひとつにはちっぽけなユニットハウス1個に20トンレッカー車を入れた。
建設系に詳しい方ならこの大げささは
容易に理解いただけると思います。
ふたつ目は多くの坊さんが国宝の門を取り囲んで
今にも捕まえるゾと構えていたこと。

あのユニットハウスは今どうなっているのだろうか?


塩谷さんは
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
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(ビーオブエス企業理念の冒頭)
視覚障害者のガイドヘルパーが始まって4日目。
ヘルパー論などは飛ばして実務を早く習得したいと思っていた。
今日は地下鉄への昇降及びその乗り降りと
市バスの乗り降りの講習が中心。

地下鉄に乗るには階段やエスカレーター・エレベーターで
地下に降りることから始まる。
前回歩行訓練をするなかで通常の視覚に入らないところは
想像すらできない。

1.それを補う声かけがあるとどれほど楽か・安心できるかを
僅かな練習でも感じ取ることができる。

2.手引きも思った以上に安心感があることも理解できる。
ぎゅっと握らなくとも肘をちょっと触っているだけで
相手に任す勇気が沸く。

3.階段などでは段差がよめないため
介助者に任さざるを得ない。
相手の階段の上り始め終わったときの手引者の静止行動が
見事に伝わる。
階段が終わって次の行動に入るのだとメリハリがつく。
これほど伝わるとは想像以上であった。

この基本の組み合わせがどこにでも通じるし
そこにヘルパー個々の
安全に・楽しく・気遣ってその方が屋外に出て行く目的を
理解できれば最高。

ただ 慣れが必要だと改めて感じる。
自然に声かけができるには場数を踏むことが大切。
地下鉄やバスが混んでいる時に利用者の思いを察知するには
自分自身にゆとりがないと難しい。

ヘルパーが安心安全を届け利用者にも補ってもらう
そういう関係が築けたら
楽しいだろうナと今は思う。

仮に実際介助できる機会がきたら
また感じ方も変わるのでしょうが・・・

塩谷さんは
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
今日は朝からすることがいっぱいあった。

朝一からは例のガイヘル。
最近は朝がだいぶ早くなったのでありがたい。
同行して○○○○まで行った。
4月からまたするのだろうか?

これから2〜3日は外出することが多くなるため
いろんなことをこれも例のパソコン障害者の方にお願いした。
ホームページのリニュウアルの今後の展開策
通信の完成、役員会の資料作成の準備など
「○○さんは塩谷さんの秘書と違うよ」と
また冗談交じりに云われそうだが
回らないときは誰だって使う。これ原則。
良い表現をすれば協力をいただいたのだ。

彼と仕事をしていても楽しい。
そう思えれば良い関係なのですね。
「それって いつもの塩谷さんの手?」違います。

その後またまた例の利用者のガイヘル。
歯の治療のためこれもまだまだ続きそう。
私は基本的にはガイヘルは好き。
ガイヘルが嫌いなヘルパーはそう多くはないはず。
在宅でずっといろんなことをするより
屋外に出向いてショッピングに付き合ったり・集会に出たり
その方の表情が楽しく変わっていく姿を
見るのがヘルパー職の喜びのひとつ。

この利用者を送って事務所に戻ると
これまた例の障害者問題委員会に出向く時間。
この前ここでも書いたとおり次年度の行動目標を
ひとつづつ確認しながら了承していただいた。

07年度の最初の例会ということで
各人の昨年1年間の思いを云いなさいという企画もあった。
私は障害者分野に特化した1年
個人的には楽しく意義があったことも述べた。
障害者分野に関わりだしてすでに十数年。
人生から観ると何分の1かですが
それだけ今後は中身の濃い関わり方をしていく必要があると感じた。

いずれにしてもブレない信念が大切。
ブレたら利用者さんには敏感に伝わるしネ。

ビーオブエスの職員は
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
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(ビーオブエス企業理念の冒頭)
春レクで花見か焼肉バーベキューかアンケートを取った。
花見がダブルスコアで勝ったが
花見には馬券が買えるという特典付き。
焼肉などのバーベキューも捨てがたいと
機会があればとのことで日曜日の今日下見を兼ね
利用者とガイヘルで行った。

私は久しぶりにみる小野郷あたり
昨年の4月より小野郷小学校・中学校は既にない。
地元の子どもたちはどこに通っているのか。

今日のキャンプ場は寒かった。
まだこのあたりは冬の風情。
キャンプ場での障害者の各種利用状況なども確認し
下見は無事終えた。

時間があり美山のかやぶきの里まで
足を伸ばそうということになり
大森から小1時間かけ美山町北村まで
わいわい騒ぎながら行った。
京都府北桑田郡美山町大字北が
平成の大合併で京都府南丹市美山町北に変わった。


現在50戸のうち32戸が茅葺の屋根の建物。
全国の茅葺屋根の建物では岐阜県白川村・福島県下郷町に
次いで三番目に多い地域です。
国の重要伝統的建造物保存地区に指定されています。

こういう地も訪ねたいが
利用者の興味対象もあり一概には難しい。
「歴史的風土保存地区や伝統的建造物保存地区などを
めぐりたいツアー」のご要望があれば
私たち福祉輸送事業部では
なんどきでも受付ける用意があります。

みなさん私たちの介助で一度行かれませんか?

ビーオブエスの職員は
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(ビーオブエス企業理念の冒頭)
制度上ヘルパー事務所には介護保険制度の分野と
障害者自立支援法の分野の2種類である。

同じヘルパー事務所でありながら
携わるものには随分考えに違いがあると思う。
今日2つの事業所を併設している事務所の方と話をした。

高齢者分野は介護をするところから成り立つ。
非介護人は原則全ての人がとおる道。
いっぽう障害者分野は介助が前提になる。
障害のある方々にいろんな手助けをするという意味である。
全てをヘルパーがするのはないという意味である。
自分たちでしてもらうお手伝いをする。
表面的には同じだが本質は違うと思う。

なかで対応する職員の思いもまた違う場合が多い。
当社にも障害者分野に携わりたいと入ってきたのもが多い。
両方を経験して障害者分野の好きという方がいる。

またその逆も多い。
おばちゃんヘルパーは
介護保険制度の介護しか頭にないことが多い。
介護と介助の違いと同様に
たぶん介護員の考え方の違いが
そのまま事務所の経営にも影響を与える場合もある。

障害者分野だけを扱うヘルパー事務所は伏見区を除いては少ない。
介護保険の事務所は
今の法律の前にできた支援費制度が始まると同時に
併設した場合が一般的だが
ヘルパー事務所を廃止する場合は両方同時か
あるいは障害者分野の廃止が普通。

でも彼の事務所では障害者自立支援法を残し
介護保険制度のヘルパー事務所を廃止するとのこと。
なぜそんなことになるのか?

これは彼自身の障害分野への並々ならぬ思い入れが
今回の廃止を一旦思い留まらせた。
でも事務所を廃止しようと思うところは
これら分野に収益など企業メリットを見出せないか
情熱が冷めた結果である。

いずれは障害者分野も廃止の道を辿っても不思議ではない。
ヘルパー事務所も良い人材は集まりにくい。
人と接する現場は人に対するクレームもつきやすい。
だからこそいろんな形でスキルアップの方法を模索するのです。

彼のような人材を抱えた事務所だから廃止はなかった。
障害者分野の事業所はどこでも
思い入れを持った人材は絶えることがない。
私たちも彼のような人材が来てくれれば良いのですが・・・


ちょっと補足
介護とは
病人などを介抱し看護することなどから
それらを含めての介助ではあるが
やってしまうこともしや視野に入れているのが一般的。

介助とは
そばに付き添って動作などを手助けすること。
介添えであり原則できることは極力やってもらう。


ビーオブエスの職員は
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
どこでもこの時期次の年度の方針を固める。
中小企業家同友会障害者問題委員会でも
今日次年度方針を決めるための三役会が行われた。

土井委員長が強く云われている「学びの実践道場」への
メンバーの参加は各々に任せるとして
次年度の運動の大枠を決めた。
テーマは「障害者と雇用」の結びつけ

結びつけというよりは究極は自然に障害者雇用に踏み込める
環境の整備を整えること。
単に「啓蒙していきましょうネ」ではなく
そういう環境をまわりから作り上げていくことを目指そうと
云うことを決めた。

ここ数年“障害者”“雇用”のワードのつなぎ合わせが主だったが
一度視点を変えてみたいとの提案もあった。
障害者自立支援法の建前は地域社会との連携。
地域社会には多くの企業や健常者に就労者、高齢者・
未就学児童に障害者などいろいろな人たちが生活している。

そういう単位がしっかりした考え方のもと
活力を持って地域を形成していくことが大切と解く。
私も活力のある地域社会からは健全な発展が望めると一般的に思える。

そういう方向を同友会の中でも目標にすべきとの意見。
そのとおりにならなくとも気持ちはそうありたいもの。

・・・という訳で
今年の運動方針は近い将来就労を望む養護学校などの生徒が
地域社会で立派に経営されている
健全な企業に就業できる場作りの確保を
目指すことも大きな目標のひとつとした。

それには職場体験の機会を学校側から一方的に聞くだけでなく
自分たちも主張すべきことは云い
また会員企業にフィードバックできる土壌の形成。
これは全体事業分野の範疇。

研修事業分野は同友会大学のカリキュラムと接点を持つ
みんなに知って貰いたいものの学びをぜひ取り上げたいとした。
今年度は精神障害者系にスポットを当てることに・・・
精神障害者の就労環境は想像以上に厳しい。

精神障害者は身体的にも知的レベルも健常者以上に
能力のある方もおられる。
ただ投薬ははずすことができず
バランスも崩れやすいこともあり就労上難しい面もあるのは事実。

そういうことをもう一度専門の先生などよりレクチャーを
受けようというのが本年度の研修目標のひとつ。
まだまだこの分野で研修すべき事項もはありますが・・・

交流部門では芋掘り交流も当然続けます。
精神障害者系は今一度学んでからじっくりと取り組もう。
で 再度知的障害者分野との交流。

土井委員長は各部門が夫々機能してくれる
今年度の活動のあり方を頼もしく思われているようである。

中小企業家同友会の社長さんたちは
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
このブログは昨年の9月から始めたので
紅葉については2〜3回書いたが
古都にあうのは
なんと云っても「さ・く・ら」

やっとその機会がまわってくる季節になった。
今年の桜は暖冬に次ぐ暖冬で京都では今月25日ころが開花予想。
ビーオブエスの花見企画は4月8日。
もう花は全くなしと職員全員がっかりしていたが
これが前代未聞の大誤報。

気象庁がコンピューターの入力ミスとのこと。
今はコンピーター管理か。知らなかった。
なにを入力するのだろうか。
過去3ヶ月間の温度や寒暖の差 はたまた湿度だろうか?

でも昔は違ったよね!
つぼみの重さを計ったもの。
つぼみがひとつの花で何グラム以上になれば開花すると予想を立てた。
今はそんなこと非科学的だとしてやらなんですかネ。
でも間違ったら意味なし。
つぼみの重みは嘘をつかないでしょうに・・・

・・・という訳で
3月31日が開花予想らしい。
それでも例年より数日は早いとのことです。

ここからが私のブログの真骨頂。
「関西ウォーカー」や「るるぶ」などにも載らない
桜の名所をいくつか紹介します。
当然私自身の独断と偏見交じりで・・・

1.四条から五条までの天神川通り沿いの桜
桜は川沿いが特に綺麗で風情がある。
京都には数多この手の名所があるがどこも人・人・人
ここは車からみる密度の濃い桜並木
歩いても15分くらい人の少ない桜の下を散歩でき
これらの桜を独り占め。
こんな景色は疏水端の名所にもひけを取りません。


2.嵐山から阪急松尾駅までの大井川沿いの道にある桜のトンネルもどき
嵐山も桜の名所
でもそこから外れた道沿いにも素晴らしい風景があります。
毎年営業で必要がなくても桜のトンネルもどきを通っていました。
南行きの一方通行。
歩いても良いが道の真ん中から観るのが最高。それには車で・・・


3.広沢の池の手前の桜の博物館 (私が勝手にそう呼んでいます)
市内から行くと広沢の池の手前に見事な桜がある。
樹木医をされている方の屋敷らしいが
立派な庭園というのではなく所狭しといろんな桜が植えられている。
枝垂れ系や八重桜系、○○県の桜、△△地方の桜
沖縄の桜などもあるらしいが
整理されているが汚く読みづらい札がかかっている。
ここの桜をみれば全国の桜を観ているのと同じです。
庭園には勝手に入れてタダ。車は路駐自由。
桜並木ではない地でもすごい桜の名所があります。


4.「御衣黄」という薄緑色の桜もあります
桜の色はピンクだけではありません。
雨宝院という西陣にある弘法大師創建の寺院。
「西陣の聖天さん」として親しまれています。
商売繁盛の神様としても信仰され商売人の参拝者が多いときく。
境内には御衣黄(ぎょいこう)という黄緑色の花をつける
珍しい八重桜があり
例年は4月中旬から見ごろを迎えるのですが。
普通の桜より10日から2週間は遅い。
この付近には西陣織の資料館などもあり
桜を絡めていろんな楽しみを取り組めますので
ぜひ一度観ておかれたらいかがですか。


まだまだあるのですが今日はこのくらいにしとこう。
次回は有名なぜひ観てもらいたい桜も紹介したい。

一度 新入社員のころさせられた場所取りを含め
シートを引いて夜桜を観たいものである。
今の業務内容ではそのために昼からの場所取りは
やはり難しいだろう・・・

塩谷さんは
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
明日まで確定申告の受付日である。
サラリーマン時代は確定申告をするのは
長い間年収1千万円以上の者のみが申告すると思っていた。
満員の会場にはびしっとスーツを着用した人などいない。
逆に最近は低い者ほど確定申告するのであろうか。
あっそうか! 年収の高い者は別室でコーヒーを飲みながら・・・
同じ納税者間で間違ってもそんなことはないでしょうネ。
私自身も一生懸命満員のなかで申請をしたのですから・・・

そんなこともあり今日はあまり事務所にいなかった。
出かけていた理由は実はもうひとつある。

・・・という訳で
今日の本題。

久しぶりに住宅改修のお話をケアマネの先生より頂戴した。
最近 介護保険制度上の住宅改修は当時より本当に減った。
当時とは?
介護保険制度が始まったときから3〜4年の間か。
またケアマネが改修書類を書いても報酬がなくなったことも大きい?

以前は結構住宅改修をやっていた。
久しぶりに現調しているとなんだか昔に戻ったよう。
まだ1〜2年前のことだが。
利用者さんをみれば
大体の手摺りの取り付け位置は理解できる。
その方の動線を聞けば
大体の手摺りの取り付け位置は理解できる。
この方のおうちを拝見できれば
大体の手摺りの取り付け材料は理解できる。

手摺りは取り付ければ良いものではない。
その方の持つ手の高さに合わないとゼロなのです。
ただ邪魔なだけ。
その方にぴったり合ってはじめて取り付けたと云えるのです。
これは最初のころある利用者さんが教えてくれた。

こうして実績を積んできたのです。
でも決して過信はしていません。
これでも結構いろんな方の意見は聞くんです。
毎回いろんな現場で業者の方や利用者さんと話していると
想像もしない言葉を聞くことがあります。

以前トイレの手摺りを反対につけて欲しいと云われた。
L型手摺りを反対に取り付ける。
そのトイレにあった面白い取り付け方。
当初だいぶ抵抗したが利用者がそうして欲しい
そのほうが使いやすいとの声が
既成概念を変えさせることもあります。
以来結構この形も私の中で人に合わせて使っています。

逆に絶対に譲れないこともあります。
そういう場合は利用者さんがこう云われているが
近い将来こうなると思われるのでこのほうが
良いのではないかとご紹介をいただいた
ケアマネに相談し了解がとれればもう一度ご案内し原則変えません。

へんな住宅改修業者ですか・・・
ご用があれば
(有)ビーオブエスでも(有)プロデッセでも
どちらでも結構です。
ご連絡ください。

塩谷さんは
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
今 視覚障害者のガイドヘルパー講習を
京都ライトハウスで受講している。
まだあと3回もある。
目の病など経験したこともなく私にはためになる講習である。
視覚障害者のガイドヘルパーについては改めて記しますが・・・

京都ライトハウスは「京都に盲学生のための図書館を」
という視覚障害者の願いを受け
1951年に盲人協会(現・視覚障害者協会)や
盲学校が中心となって「愛の鉛筆運動」が取り組まれました。
それから10年がかりで資金を集め
1961年に創立されました
初代館長鳥居篤治郎氏が土地を提供された。

その7年後に現在地に移転し
2004年に現在の施設に建て変わった
実に機能的な立派な施設です。

改築を契機に新たに「身体障害者通所授産施設」と
「身体障害者デイサービス」の1施設1事業を加え
視覚障害の乳幼児から高齢者・重複障害者を対象とした
全国に例を見ないほどの視覚障害者総合福祉施設となっています。

正面玄関には
ライトハウス生みの親 鳥居篤治郎氏のことば
「盲目は不自由なれど不幸にあらずとしみじみ思う」
の大きな額がかかっている。

昼休みに館内を探検していた。
2階で女性とすれ違った瞬間
「あッ」と思ったと同時に
「塩谷課長?」という声が聞こえた。
「○○さんだ!」 
「○○さんですよね。久しぶり・・・」
「私名前が変わって今△△って云うんです」
「塩谷課長 なんでここに?」
「ガイヘルの講習会」
「たぶん君がどこかにいるだろうと思ってた」
ライトハウスが忙しくなるとのことで退職された。
休日にはボランティアでいつも出ていたと聞いたことがある。

私も彼女と一緒に仕事をしていたときに
アフターファイブでこの分野のことを既にしていた。
「以前はスーツをびしっと決めておられたのに・・・」
ということは
今は「髪の毛を伸ばし放題で茶色がかっているのが・・・」

お互い9年ぶりに偶然(?)の出会いであった。
所属は京都府視覚障害者協会で京都市中途失明者生活指導員。
あのときそういうこともされていると知らなかったら
前職からは全く想像できない。
彼女にしても私がヘルパーも自分でやってまたこういう業務に
携わっていたことを知らなかった。

彼女も大げさに喜んでくれた。
この分野は分かってもらえる者がいるのが無性に嬉しいのです。
「俺は視覚障害者分野は素人。また教えて」
これで大概の云いたいことは理解してもらえると思います。
私にはこの分野で相談できる仲間ができ
嬉しいかぎりです。

塩谷さんは
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
昨日お墓参りにいって墓地に通じる坂道に
傷痍軍人が多く見受けられたことが
私の記憶に鮮明にあることを述べたが・・・
団塊の世代にはこういう光景はなんとなく覚えているもの。

傷痍軍人とはどういう人々を云うのか
もう一度自分なりに整理しておく必要があると感じた。
傷痍軍人のおられた坂道の向かいには
戦争で命を落とされた軍人の墓石が高くそびえている。

墓石に目立つ星を浮き上がらせその下に
陸軍上等兵○○○○などと刻まれている。
これらを見ながら彼らはどういう思いであったろう。

傷痍軍人とは
まさに戦傷を負った軍人のこと。
戦傷は復員後も健康や生活に大きな影響をもたらすことは周知のとおり。
傷痍軍人には早くに亡くなる者の他
生涯病や不自由に悩む者も多くいたと聞く。

特に近代戦は大量の戦死傷者を生みだした。
戦時中は国家全体の気分が高揚し「名誉の負傷」などと持ち上げられ
地域社会や家族が世話や援助を自主的に行う傾向が強いのであるが
戦争が終了すると戦争に対する熱が急速に冷め
傷痍軍人に対する社会的援助や支援も衰える傾向にあるのは当然のこと。

身体に障害を受けた傷痍軍人は復員後に定職に就くことが難しく
社会の最貧層に転落し、犯罪に手を染める者もいたとのこと。
そのため時の政府は慰労及び補償のため
軍人恩給や療養施設(例:フランスの廃兵院)などの制度を整備し
社会的な不安を解消と務めてきた。

日本においても日露戦争後に大量の傷痍軍人が出現して
大きな社会問題となって国家により救済支援制度が整備された。
人間は懲りないもので
太平洋戦争においてもさらに多くの軍人が戦死を遂げ
或いは傷痍軍人となった。

戦時下においては、戦傷もまた名誉とされ
在世中の傷痍軍人記章を着けることを許され
社会的に優遇を受けることもあった。

戦後、厚生省のもとでその補償がなされるようになり
軍人恩給等の対象ともなった。
全日本傷痍軍人会を中心として
各地の傷痍軍人会が設立され
傷痍軍人の生活の援護と
親睦福祉増進を図る事業が展開されているとのこと。

今日わが国における傷痍軍人は既に亡くなった方々も多いが
生存者に対する慰労や補償とともに
物故者に対する慰霊や顕彰
遺族補償の問題は未だ大きな問題となっていると聞いています。


いずれにしても傷痍軍人は本来すべき必要のない戦争によって
その後の人生を変えられた方々のことである。


これは何も日本特有のものではない。
近時では各大戦やわが国に直接人的被害の出ていない
ベトナム戦争などでも多くの傷痍軍人が生まれ
今またイラク戦争でも多くの傷ついた兵士が出ている。

私たちが毎日仕事で行っているリハビリテーションは
実は傷痍軍人の機能回復・職業訓練からきているのです。
これらのことは
「アメリカにおけるリハビリテーションの歴史と哲学」に詳しい。
一読をお勧めします。

私たちは戦争を起こさないことをまず考える必要がある。
安部総理は過去の過ちを自民党内の強硬派とまた蒸し返そうとしている。
広義だの狭義などはこの際どうでも良いと思う。
戦争とは必然的にそういう尋常でない状況を引き起こす。
なにも5月3日までに憲法改正の下準備の
国民投票法案などもまた議論を尽くさないまま採決するのですか?

そこには公明党の意思はもう入る余地はないのですか?
公明党は戦争とはほど遠い政党というイメージが
子ども時代から私にはあったのですが・・・
早く公明党にも目を覚まして欲しいものである。

塩谷さんは
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
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(ビーオブエス企業理念の冒頭)
春の彼岸まではまだ日があるがお墓参りをして来た。
彼岸に入ればいっぱいになるし、駐車場もなくなるし・・・

でも「お彼岸ってなに?」
ホームページで調べてみた。

宗派辞典によると
正式には「彼岸会(ひがんえ)」と云うらしい。
ですから、お彼岸は、自分を見つめ直し、先祖への報恩感謝をすることにより、より豊かな心を持つための、人格形成期間のようなものです。
彼岸会は、インドや中国にはない、日本独特の法会です。

 
梵語の「波羅蜜多」の訳で、彼岸に到るという意味です。迷いに満ちあふれたこの世、此岸(しがん)から、悟りをえた世界彼岸(ひがん)へ到ることを願って、行いを慎む期間とされていました。彼岸へ到達するために、常日ごろ、忙しさに追われ、自分自身の仏心を見つめることのできない人々のために次の期間があり、先祖への報恩感謝を表わします。この七日間の法会のことを、彼岸会といい、お彼岸と略していいます。

お彼岸は、春三月の春分の日、秋九月の秋分の日をそれぞれ中心として、その前後三日間を合わせた一週間を、春のお彼岸、秋のお彼岸と呼んでいます。最初の日を、彼岸の入り、まん中の春分の日・秋分の日を、中日、そして、最後の日を、彼岸明けといいます。

仏教には、西方浄土といって、西に極楽があるという考えがあります。春分の日、秋分の日には、太陽が真東から出て、真西に没します。この真西の日没のところこそ、往生の願いをかなえてくれるところであるという考えで、春秋二季のこの時期に、彼岸会が営まれるようになったという説があります。

暑さ寒さも彼岸までといわれるように、季節の変わりめであり、気候もいい時期のお彼岸は、すっかり日本人の生活に定着しています。単に仏教上の行事ではなく、今では、私たちの生活のなかで、季節のシンボルともなっています。

こんな難しいことは別にして
私の家は浄土真宗でありお墓は西本願寺の五条坂。
まだ入り口に近いところにお墓はあるが
坂がきつくお袋はいつも「参っといてネ」となる。

親父にいろんなことをお願いした。
お願い事は内緒。

昔家族4人で祖父母の墓参に来たもの。
当時傷痍軍人が坂に多く並んで金品を授かっていた。
子供心によく覚えている。
お墓とは自分の中でそのような場所であった。

結婚して子どもが出来
私たち家族で来る時代になると
いろんなものが違ってきた。
駐車場からエレベーターで読経所手前の
総合受付けのあるところに行く。

そこには売店などがあり京都の土産物を売っている。
当然お参りグッズなども。
大小さまざまな骨壷の販売がなければ一般の観光みやげもの店。
喫茶店や普通の食堂もある。高すぎるが・・・

そこに毎年春と秋にはお彼岸をズレルときはあるが来ている。
最近では数年前に正月4日に参ったことはあるが・・・
お墓を最終的に守るのは私の役目である。

塩谷さんは
今日は休み。
明日も元気です。
障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
当社にはヘルパーを派遣する居宅支援事業部の他
福祉輸送事業部がある。
この分野の戦略会議をもったが
今期に入ってからの2つの事業部を並べて配布し
数字をよく理解したうえで会議を実りあるものに
してもらうようにはじめにお願いした。

「当社は後発であり数字が少ないのは仕方がない」
こういう議論にならなかったことには救いがある。
ではなぜ難しいのか?
詳細な分析が出来ていないからである。

一般企業の場合新規分野に踏み込むのに
マーケティングリサーチが必ず必要になる。
その結果その内部のこの項目なら踏み込んで
そこからこういう派生が起こり
それも取り込んでこの数字を作る・・・などなど・・・
こういう手立てになるはず。

当社はというより福祉系企業全般では
ほぼこういう議論を真剣にはやらない。
なぜか?
事業者規模が小さいのでそこまで必要と感じなかったのだろう。

当社もこういう段階は既に以前のことで
現状のπのなかでどうしていくかが議論の対象。
いろんな意見が会議の事前にでたのは非常に良いこと。

なかなかいいものも多く直ぐに実行に移すべきものも幾つかある。
私などは入洛される多くの観光客に照準を合わせるべきだと思うが
必ずしもそういう切り口でない意見もあった。
また病院やその他への介護タクシーの
本来の業務分野をストレッチャー搬送主体に
していきたいとの意見には見るべきものがある。

私たちは介護タクシーで特化したいと緊急搬送の資格を取得した。
にもかかわらず積極的に案内もかけてない。
どうせ他の指定先に回るんだからと
この分野には正式案内をしなかった。

いろんな方法・段階でビーオブエスを知ってもらわなければ
引き合いすらかけれませんヨネ。
そういう方向付をするという社員が名乗りを上げてくれた。

またいろんな外出サポート系事業の
展開の仕方で取り組むべきものもあった。
今期はもう一度様子みのとき。
非常に厳しい数字が並ぶだろう。

ただ「しょうがないやん」ではすまない。
次の期の足がかりを見つけねばならない。
それが見つからなければ・・・
次々年度には事業部はないと覚悟しなければならない。

今年は桜の開花が早いらしい。
でも鹿児島は3月の末ころ。
関西より遅い。
桜の開花はズッと暖かすぎてもダメなんです。
一度ぐっと気温が下がることで
その後の暖かい時期に咲くのです。

ちょうど私たちも厳しさの試練を受け
その後感動させられるよう花開く時期を
待っていてほしいものです。


ビーオブエスの職員は
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
2ヶ月に1回は結構追っかけられている感じです。
機関誌「ゆうりんの家 通信」は原則奇数月に発行される。
編集長は女性社員兼ヘルパー。
彼女も忙しく私はその諸々のお手伝いで毎回応援している。
書くことが好きなこともあり徒然なるままに
いろいろこじ付けながら余りの誌面を埋めるのが私の役目。

これって結構疲れるものなんです。
ブログは勝手気ままに本当に徒然なるままに書けるが
機関誌は個人の単なる楽しみだけではすまない。

組織のあり方を知ってもらうという視点。
でも逆にそこにもって行く面白さもある。
そういうことが無性に好きなんです。私は。

・・・という訳で
編集長に今回より新たな連載企画を提案した。
彼女もOK。
タイトルはまだつけてないが依頼者にもOKは頂戴した。

「障害者とのつながりなどについての想いなどを
自由に語っていただく企画を予定します。
私たちが感じなかったことなど
気づくことも多くあると思われます。
またそういう貴重なご意見なども
今後の参考にもできればとの
厚かましい企画でもあります。」

というような連載趣旨を予定している。

また1年間を振り返っての回想も予定したい。
あの障害者自立支援法に翻弄された
利用者や私たち事業者の憤りなども・・・
また初めて経験した悲しい別れなどもきちっと書いておきたい。

連載企画も回を重ねるごとに充実してくる。
これは編集長の熱い思いを送り手側:企業が
正確に認識している証です。
最初のころの「しょうがないから発行しよう」という姿勢ではない。
これは「ゆうりんの家」のホームページの
「ゆうりんの家 通信」をご覧いただければ分かって貰えるでしょう。

今回は他にサプライズ企画も用意しています。
第1面と第4面には編集長が自立支援法の各地の減免措置について
2面ぶち抜きで熱く熱く語ります。
そして当社を卒業していくのです。

社会福祉士を目指し昼はヘルパー活動
夜は学校の日々から開放され
資格を活かし当面は社会福祉法人で活動するとのこと。
誰も止めることはできません。
たとえ残念であっても・・・

後任は例の車椅子社員
「なんで私が・・・」
「ほかにおらんやん。俺がサポートするから」これで丸く治まった。

本当に丸く治まったかどうかは次回以降皆さんに決めてもらいます。
今回の発行はこの20日過ぎくらいか?

ビーオブエスの職員は
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
障害者問題委員会三役会が委員長の組織変えをした
改装された新たなレストランで開催された。

次年度の運営方針の下打ち合わせ会議。
まず委員長が最近の中小企業家同友会の状況を説明した。
聾学校のインターンシップに「学びの実践道場」(?)の
参加企業に今後お願いしたいと熱弁を振るわれていた。

そのような企業のほうが受け入れて貰うのに
一般社員までが理解してくれているので
安心という話があった。

私も同友会の会員だがこの新しい「学びの実践道場」
については名前を聞いているのみ。
これは企業経営者がなんのために経営するのかを
自問しながら
地域との係わりや人についてともに学んでゆく
そこにしっかりした企業理念も生まれる
学びの場のこと?

この道場を経験したものは人生が
変わったといわれることが多いと云う。
確かにそうだろう。
今までにない気づきができ
最も大切な経営に良い兆しが芽生えるのだから。

・・・そんな訳で
みんな一生懸命されているのは理解できるが
この道場の修了者が中心の障害者の受け入れが
ベストなのかどうかはもっと先の判断になると
私は考えるのですが・・・ 

私は仕事の都合で支部幹事を次年度は降りる予定。
だからよけいに中心的なことからは遠くなる。
いろんな機会に案内があるから学びたいとの
アンテナを立てていればひっかかる。

でも1500社もある企業全部がそうでもないだろう。
そんな中で障害者に理解のある企業も絶対あるはず。
自主・民主・連帯の中小企業家同友会では
この件に限らずあまり限定しすぎないほうが
良いと私自身は思っています。

今までの啓発・啓蒙活動でもほとんど変わらなかったから
こういう企業に依頼が回るのだろうが
ビーオブエスは同友会には未加入だが
障害者も2名入ってもらっており
地道に経営している会社も少なくはないと思います。

次年度の活動方針として
交流・研修とも各セクションが責任をもって纏めてゆく。
委員長や委員会全体は大所高所から
方向を見据えていくこととした。

交流については今年もやっぱり芋掘りは欠かせない
との結論に達した。みんなやりたいのだ。

研修は今年から精神障害者分野にも
勉強の手を伸ばそうとしている。
新しい分野にはみんなが賛成していることが嬉しい。

これからまだまだ推敲を重ねていかねばならない。

中小企業家同友会の社長さんは
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
私たちヘルパーは日々利用者さんの在宅に入っている。
各人の身体介護や家事援助を気持ちよく
受けてもらっていると若干の自負もある。

私はというと、日中は活動にはほとんど入らない。
昼間は事務所の運営が中心になっている。
朝一と夕方5時以降には入ることは多いが。
土曜日・日曜日に入るときはガイヘルが中心。
そのガイヘル分野で明日から5日間
視覚障害者のガイドヘルパー講習を受講する。

2級ヘルパー資格で全ての障害者に対応できるものではない。
身体障害者の外出には全身性障害者のガイドヘルパー資格、
視覚障害者には視覚障害者用のガイドヘルパー資格が必要となる。
ガイヘルが好きな私はぜひ視覚障害者と街中を歩いてみたかった。

でもこの講習は非常に少ない。
今回の機会を外せば次にいつあるかわからないほど。
したがって講習希望者が殺到し3名の申し込みで1名のみだった。

視覚障害者の方と広い高原に行って思いっきりおいしい空気を吸う。
「山がきれいですネ」とヘルパーの言葉。
彼らは風の方向と吸う空気であたりいったいの景色がわかるのです。
視覚的には見えなくとも五感の一部で大概の風景まで
心の中で見ることができそうです。
このことはだれかの書籍に書いてあったことですが。

私自身もそういう経験を共有してみたいと思っています。

・・・というような訳で
本日は昼間から結構ヘルパーや乗務員がいたので
社員が持ってきた「酒粕」でかす汁を事務所内で作った。
昔から伏見区在住者はよく自宅でかす汁を食べていた。
それだけ「酒粕」が供給できる地であったのだろう。

素人は作って食べるだけなので「酒粕」の良し悪しはわからないが
作ったものの話では
「とろ〜っと解けてしまう」「良い酒粕やと思うワ」とのこと。
これって蔵出しの期間にあるのだろうか?
はたまたお酒の種類によるのだろうか?

1本1万円もするお酒のは普通の「酒粕」と全く違うのか?
こんなことさえわからず美味しかったらすべてOK。
「酒粕」を供給してくれた人は精がないと感じるのか?

最近この酒粕は健康にも良いと見直されているようです。
あの「あるある大辞典」も続いていたら
取り上げるべき材料であったはず。
「酒粕は無駄な糖分を分解する酵素が入っており・・・」
「○○教授は次のようなコメントを寄せています・・・」などと・・・
この材料はヤラセでなくとも十分通用するはずですヨネ。

昔から食されているものには
数字データは別にして自然と健康に配慮されたものが多い。
今のようにインターネットで販売し、かえって害のでるものは
間違ってもないだろう。

先人から学ぶことはバカにはできない。
でも私たちには美味しかったらそれでいいし
みんなでわいわい語りながら食べる雰囲気が
日ごろからできる環境が整備されていることが
なににもまして活力の源と思いませんか?

ビーオブエスの職員は
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
今、次年度の営業戦略を立てている。
これらは社員が業績を良くしようと思わないと
その方策は考えられるものではない。
漫然と活動しているだけでは戦略もくそもないのは明らか。

私たちには人的・資本的に繋がりのある
ふたつの会社が並存している。
「ゆうりんの家」と「ビーオブエス」
「ゆうりんの家」はNPO法人であり決算期は3月末付。
他方「ビーオブエス」は有限会社で決算期は6月末付。
このふたつが
今期中の昨年の8月と10月に障害者自立支援法を契機に
ヘルパー派遣事務所を統一した。

主に支援費制度下で業務を遂行していた「ゆうりんの家」から
「ビーオブエス」に業務を移管した。
当然人員も移管した。
だから決算業務を実施する場合も
ふたつをひとつにし従来より持っていた事業部の数字を
合算することから始まる。

決算期が違うため
支援費・障害者自立支援法上の役所よりの入金額は
「ビーオブエス」の決算にどこまで寄与するのかを
はっきり割り出しておく必要がある。
一四半期分がちょうどズレることになる。

そんなこんなで数字を拾っていた。
詳細はブログの対象外であり書かないが
ある事業部は善戦しており
ある事業部は非常に苦しい。
このプラスマイナスをして全体数字を見ることになる。

戦略会議には現場の担当者の声がないと進めない。
ただ、現場はどこの会社でも良い表現をすればおおらかなもの。
逆の言い方では・・・・・
これはどの企業でも同じであり
決して当社が劣っているわけではない。

ひとつの事業部は現状では直ぐに黒字化することは難しい。
それはそこに籍を置く社員の責任ではない。
福祉系には実はそういう部署も多くある。

石の上にも3年。
この程度の期間は必要。
ビーオブエスでは次期が3年目。
本当の正念場になる。

みんな良く知っているあるものでダントツの大手企業が
福祉系のある商品の販売先になった。
ここに集合した社員はいろんな部署から集められたらしい。
この事業部の部長さんと懇意にさせていただいたが
事業部発足1年で黒字にならないという理由で廃止された。

部長さんはこの企業姿勢に“情けない”を連発し
「なんであと1〜2年自分たちを見守ってくれないのか」
としみじみ語っておられた。
「私には責任がある。社員の再配属をきちっとしたら・・・」
「私はこの会社の考え方が合わないので辞めます」と云っておられ
後日伺ったら既に退職されていた。

1年は短すぎるにしても
こういう立派な社員がいても難しい状況もあるのです。
私たちは分相応の枠内で懸命に努力することが一番です。
やってみる価値のあることは直ぐにトライする。
中小企業には決済までの時間と
結果がでるのに時間はさほどかかりません。

その判断も本来社員全員ですべきです。
ただし最終的に決断すべきことは躊躇してはいけません。

ビーオブエスの職員は
今日も無事仕事を終えました。
明日も元気です。
障害者も含め、全ての人が「人間らしく生きる」ことを基本に
命の尊厳を大切にし、意義ある人生をともに歩んでいきます!
(ビーオブエス企業理念の冒頭)
つまらないネタを少しだけ。

今日は本来ガイヘルの予定であったが
なにかの都合で中止になり、私も休日にした。
「こうこうだから、こんごそうなるだろう
するとこんなふうになるため、今日は中止にします」的中止理由。
たかがガイヘル。そんなに真剣に考えると疲れるだけです。
私たちには、されどガイヘルなのですが・・・

・・・という訳で
予定が変わったので
黄色くなっていたTVを今後に対応できるように変更した。
最近のテレビは薄い。画面が大きい。
従来のTVは処分代3355円を既に払ってあったので
持ち帰るのかと思っていたら
急遽 息子が「写らなくなるまで部屋に置いとくわ」
彼の部屋にはテレビがなかった。
これでまたバラエティー番組の視聴率がちょっとだけ上がる。

夕食を食べながら見る画面はちょっと大きすぎる。
かかっていた番組がまた大きな画面にはよけい今風。
実にくだらない! 腹が立つ!!

最近のバラエティー番組はなぜこうも程度が低いのか?
グラビアアイドルがバカさかげんを競い
とんでもない回答を別の角度から賛美するような・・・
芸もない関東の芸人がワァーわぁー騒ぎまくり
それに共感するバカどもの声がさも人気があると勘違いしたりして・・・

今日も4歳の園児がアイドルぶって大人の会話のような光景を
出演者・スタッフが凄いと賞賛し
大人になっても決してアイドル顔になりそうもない子に
さも注目していますという大げささ・・・
ガキはそれを嬉しそうにますますアイドルっぽく振舞う。
こんな番組は
なんの得になるのだろうかといつも疑問を持つのです。
その時だけ楽しかったらそれでいいのですか?
今のテレビって!

バラエティーはTV界ではそれなりにひとつの位置を築いている。
そういうバラエティー番組も多く存在するが
そうでないものが如何に多いことか。

子どもを扱う場合年のギャップを見せるのが一番面白い。
本来理解できそうにない年頃の子を
全員でちやほやすることが
大きな間違いであることが全てをかき消してしまうのだろうか?

TV界は本当に懲りない。
視聴率に
ヤラセに
バカげたバラエティー
折角良いテレビを買ったのに
番組がつまらなければテレビがもったいないのは当たり前でしょう。

塩谷さんは
今日は休みでした。
明日は元気です。